2006年08月21日

鹿野ミュージカル/嗜好の拡散

鹿野ミュージカル終了。
オーケストラの出来はとても良かったと思う。不安感なし。演技の方も段取りも危なげなく、良い公演だったと思う。

そうは言いながら、いくつか気になったことを。

1.チケットはそんなに高かったとは思わないが、そんなにお客さんは多くなかった。公演内容を考えたら、鳥取でもめったに見られない本格的なミュージカルであり、鹿野と関係ない人でも楽しめるとは思う。ひょっとして、鹿野ミュージカル自体がもう市民に求められてないってこと?いやいや、そんなはずはない。関係者のチケット販売の努力が少しだけ足りなかったのだと信じたい。
2.本番はなぜか役者がみんなせりふをゆっくりしゃべっていた。これは役者を落ち着かせるためとせりふを聞きやすくするために誰かがアドバイスしたのだと思うけど、緊張感が薄くなったような気がしたなあ。
3.台本は鹿野の歴史をみごとに活写していて、深みもあり、リハーサルをしていく中でとても感心していた。が、やはり初めての人には難しいのではなかろうか。もし役者がそのことに気がついていたなら、演技の方向性は違ったものになっていたかもしれない。

実はこの3つは、「観客の視点」として見ると同じ問題としてくくれる。
この「鹿野ミュージカル」という20年の歴史を持つ公演は、役者のためのものではなく、観客のためのものになるべきだということだ。どう観客を呼び、どう楽しませるか。観客の嗜好を知らなければとても難しい問題になる。
観客となるべき市民の嗜好が多様化を超えて拡散しつつある現代に、どうこのミュージカルに意識を収束させるか。そんな哲学的な挑戦が必要となってきているような気がする。

ちなみに、これはジュニア・オーケストラの活動も全く同じことだ。ジュニア・オーケストラは「仲良しクラブ」であってはいけない。しかし、こどもたちの嗜好が拡散する中で、クラシックとか弦楽器とか、この小難しいものの魅力を追求させるにはどうしたらいいか。さらにそれをお客さんに提示して楽しんでもらうにはどうしたらいいのか。

悩みはますます深まるばかりだ。


ラベル:オーケストラ
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2006年08月20日

ジュニア本番/鹿野ミュージカル・ゲネプロ

shikano_GP.JPG

ジュニアは終わった。
私の指揮したモーツァルトのシンフォニア・コンチェルタンテについては、私の不手際で3度ほど乱れそうになったところがあったが、全体としては本番がいちばん良かった。ソロは完璧。

さて、ジュニアの演奏について。
今日のステリハで感じたのが、「子供たちはどういう気持ちでこの演奏に取り組んでいるんだろう」ということ。非常に体温が低い演奏で、積極性が感じられない。裏を返せば「大人たちのための演奏会になっていはしないだろうか」という危惧。
結局そのことは本番後のみんなの打ち上げでN先生がびしっとおっしゃった。「大人の方々が一所懸命弾いてくださっているから子供たちの皆さんが気持ちよく弾けているつもりなのであって、全然弾けてないよ」。ああ、そうなのだ。オケというものは、全体で演奏しているようでありながら、個々が弾けていないと全体で音楽していることにならない。それは当然お客さんにも届いてしまうはずだ。
本番の演奏中も、「お客さんは冷めているんじゃないか」と気が気でなかった。ようやく最後のレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲で体温が上がり、全体の音楽になってきた感じ。
指導者として、もっともっと演奏方法、練習方法を上手く伝えることができたはずだと反省頻りの本番後だった。

その後は県民文化会館の梨花ホールに直行して、20日が本番の鹿野ミュージカルのゲネプロ。すでに1時から止めながらの通し稽古をやっていて、ちょうど半分くらいのところで合流。楽器間が広くて音が聴こえないのに苦労しながら稽古を終了して、その後前半だけ通し。
写真はその一場面。

いやはや今回は金がかかっている。いや、鹿野ミュージカルの場合は金を人脈で解決しているのではないかという気がする。それくらい今回はセットも音響も照明もスタッフも衣装も鬘も豪華すぎる。今回客席で見れる人は幸運だ。話の筋も面白そうだ。
いちばんの驚愕は、ミュージカルの頭の子供たちがやり取りする場面の、せりふのそろい具合。4人で同時にしゃべるせりふが、恐ろしい精度であっている。それが10歳前後のこどもたち。ああ、彼ら彼女らは厭わず稽古を重ねているのだ。日々。そうでなければあんな演技はできない。

彼我の差に驚愕。

鳥取近辺に住んでいる人は必ず梨花ホールに来るべし。8月20日午後2時開演。
ラベル:オーケストラ
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2006年08月19日

いよいよジュニア本番

mozart_364.JPG

今日は明日の鳥取ジュニア・オーケストラ本番のためのゲネプロ。こどもたちは昼の1時から夜の8時までお疲れさんです。私はまたもや有給休暇対応。

レスピーギとか、モーツァルトのディベルティメント138の3楽章とか、ぜんぜん仕上がった感じがしないんだが、大丈夫だろうか。私はとりあえずチェロ・パートを全うするしかないわけだが。

私の指揮するシンフォニア・コンチェルタンテは、ソロは当然ばっちりだし、オケもそれなり聴けるようになってきたので、ひとまず安心。私がミスったところで、奏者は気にせず演奏してくれるだろう。

ちなみに写真はベーレンライター版のスコア。このスコアでは当時の伝統のままというかモーツァルトの記譜のまま、ヴィオラパートが半音高く書かれている。ベーレンライターのソロ・パートの譜面はヴィオラ版は普通版と半音高い版と2冊セットになっていて、どちらも使えるようになっている。
もちろんヴィオラ奏者は今では調弦はそのままで演奏するわけだが、今回ソロを演奏する棚橋恭子さんのお師匠さんである馬渕昌子先生はなんとその半音高いバージョンで演奏されるらしい。しかもヴァイオリンはライナー・キュッヒル。オケは紀尾井シンフォニエッタ。
違う曲を一から覚えなおすよりもたちが悪いのは容易に想像がつく。調弦を変える意図(ちょっと輝かしく聴こえるらしい)がお客さんに伝わることでその苦労が報われることを祈ってます。

ええっとジュニアの話だったっけ。まあ名曲ばかりなので、楽しむだけだ。
ラベル:オーケストラ
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2006年08月18日

ヤルヴィの小ロシア

jarvi_tchai2.JPG

チャイコフスキーの交響曲第2番という曲は、たぶんジュリーニのお気に入りだと思う(正規録音と海賊盤あり)し、そのほかにもお気に入りの指揮者はけっこういるのではないか。私はコンサートではアントルモン指揮のN響の演奏を聴いたことがある。
お気に入りのゆえんはたぶん、その単純明快なサウンドではないかと思う。1楽章と4楽章が非常に活気あるパリッとした音楽なので、さまになりやすいから。

ヤルヴィの演奏は、あんまり単純明快ではない。音楽に一切のあいまいさはないにもかかわらず、分かりやすいわけではない。普通の人なら「もっさり」と表現すること間違いない。しかし、もちろん、問題があってもっさりしているわけではないし、もっさりを狙っているのでもない。

おそらく「炸裂」ではなく「朗々」を意図したのではなかろうか。すべての楽節が、歌またはお喋りから構成されている。丁寧に語られる音楽。それは静かな興奮を覚える気持ちのよい音楽である。その最大の功績は、第4楽章第2主題のさわやかな歌い口。

また、この演奏では、この曲の4番との近似性が強く感じられる。別に強く強調しているのではないが、部分部分のキャラクターにマッチした演奏スタイルを徹底することが自然にその楽想の近似性を強調するのだろう。

そのほかの管弦楽曲はマスターピースとは言いにくい曲が並ぶ。演奏はあくまで丁寧。「嵐」だけは異常に熱のこもった演奏だ。


Neeme Järvi
Gothenburg Symphony Orchestra

Pyotr Ilyich Tchaikovsky
Symphony No.2 in C minor, op.17, "Little Russian" (1879 version)
Overture in F major (1866 version)
Festive Overture on the Danish National Anthem in D minor, op.15 (1892 version)
The Storm, Overture, op.76 (1864)
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2006年08月17日

親戚宴会

kazokuenkai20060816.JPG

二人の叔父がうちに来て、宴会で、12時くらいまで飲んだ。一人は静岡から里帰り、一人は近所に住んでいる。
二人とも私の父の弟なのだが、私の父は私が5歳のときに亡くなったので、まあある意味父代わりみたいなもの。
二人とも父に風貌が似ているのだが、二人に言わせれば「拓也がいちばんそっくりだ」そうだ。私も白髪が増えて、ますます似てきているんだろう。
なんだか最後は私の結婚相手探しみたいな話になってしまい、居心地悪し。まあ、心配なんだろうなあ。いちばん心配しているのは私なんだが(笑)。

写真に変な影があるが、携帯のカメラのレンズのカバーにひびが入っていたため。今日発覚してかなりショック。
ラベル:日記
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2006年08月16日

クナ/WPhのベートーヴェン選集

kna_beethoven.JPG

本当はこれ"EROICA"というベートーヴェンの伝記映画なのだが、わたし的には完全にクナッパーツブッシュのベートーヴェンの交響曲を聴くためのディスクである。

はたして、すばらしい演奏。取り上げられているのは、2番の2楽章、3番の各楽章、5番の2,4楽章、6番の1,2楽章、7番の2楽章、9番の各楽章、コリオラン、エグモント。しかも各曲1分くらい。
それでも、充分「聴いた」という気になれる。本当にあの録音嫌いのクナッパーツブッシュがウィーン・フィルとこんな仕事をやったのかと疑問に思ったが、この演奏はやはりクナのものだろう。

当然ながら古き良き時代のベートーヴェン解釈。それでいながら、「これしかない」と思わせる確信に満ちた演奏だ。
特徴的なのは第九の1楽章の再現部。正にワーグナーのような演奏。この部分をワーグナーの楽劇と完全に同じ文脈で捉えているようだし、それが成功している。というかクナの演奏だから許していると言った方がいいかも。

肝心の映画の方は、まあ悪くないです。ちょっと短すぎるけど。テレーゼがベートーヴェンに発する「孤独があなたの天命」という言葉。胸に刺さります。

2006年08月15日

竹田さんのリサイタル

今日(8/14)はルーテル教会で竹田詩織さんのリサイタル。鳥取出身の藝大1年生。鳥取ではずっと前から有名人だが、一回り大きくなって帰ってきた。肩幅とか。
ヴィニャフスキのタランテラ、バッハの無伴奏ソナタ第1番のアダージョ、ツィゴイナーヴァイゼン、メンコンの1,3楽章、アンコールに美しきロスマリン。
右手が雄弁で、音の迫力が凄くて、かつビート感が豊かでとても面白かった。
でも、演奏終わるたびに一本背負い決めたみたいな「よっしゃ」って表情するのはどうかと思うぞ。

今回の曲でいろいろ思ったのは「音程」のこと。いや、竹田さんの音程は問題ないですよ。そうではなくて、楽曲ごとの音程のとり方。

シンティ=ロマの音楽(旧称「ジプシー音楽」)としてのツィゴイナーヴァイゼン、ユダヤ音楽としてのメンコン、スラブ系音楽としてのヴィニャフスキ、近代的調性のバッハ、ウィーンの地方音楽としてのクライスラー、それぞれにふさわしい音程のとり方は違うはずだ。
さらに、私たちがジュニアで取り組んでいる、教会旋法の時代の音楽を編曲したレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」、平均律が基本となるアメリカ音楽である「サウンド・オブ・ミュージック」。舞台はオーストリアでも音楽はアメリカだ。
ここまで含めると、いわゆる西洋音楽の広い意味での「調性」がだいたい網羅される。
イヴリー・ギトリスは常にシンティ=ロマの音楽の音程で演奏する。N響と演奏したシベコンの冒頭で腰が抜けそうになったことがある。
しかし、本来はそれぞれの音楽で最も美しく感じられる音程のとり方で演奏すべきだと思う。コラール中心で中央ヨーロッパ・カトリックのブルックナーと旋律線重視でユダヤ系のマーラーでは、同時代かつ師弟関係でも音程感覚は全く違う。

音程のとり方は違うと言っても、そこでよく使われるピアノは、調律の段階で微調整はできても、演奏の段階ではどうにもならない、と思われがちだが、そんなことはないと思う。
音程のいいピアニストと悪いピアニストはいる。いいピアニストの代表例は言うまでもなくアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ。

ある日N先生に「何でミケランジェリの演奏って、どの和音もハモって聴こえるんでしょうねえ」なんて話したら、「指ごとに音量を調整しているんだよ」。
やれやれ、達人はそんなこともできるんですね。
ラベル:音楽会
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2006年08月14日

ジュニアオーケストラホールリハーサル

junior_hallrehersal.JPG

8/13は10時から19時半まで、8/19の本番会場である鳥取市文化ホールで、ジュニアオーケストラの定期演奏会のリハーサル。

今日初めてモーツァルトのシンフォニア・コンチェルタンテを指揮した。もちろんヴァイオリンとヴィオラのソロも管楽器も有りで。指揮能力のなさを痛感した。最終的に演奏はまとまったが、私の力ではなく演奏者の力でだ。汗だくで振ってるけどなんか空回りで、まあ少しは役に立ってるかな、くらいのもの。
演奏者にいろいろ指摘をしてもらって、反省できた。「僕らが指揮に合わせるから、僕らに指揮を合わせないでね」、「ピアノのところでも元気いっぱい振ってるから音量がでかくなっちゃうんじゃないの」。そりゃそうだ。

ほかにもレスピーギのリュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲とか、モーツァルトのディベルティメントのK.138とかはチェロで出演するので、そちらもみっちりN先生の指揮で練習。チェロは楽しいなあ。

ちなみに、写真で指揮してるのは私ではありません。今回の演奏会はいろいろあって指揮者が3人いるんです。
ラベル:オーケストラ
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2006年08月13日

弦楽学校終了!

gengakugakko20060812.JPG

いやあ、楽しかった!
現場責任者として、ステマネとして、ある程度の裁量権を持ちながらこの事業を円滑に運営でき、非常に満足している。
講師の先生からも、アシスタントの皆さんからも、運営のスムーズさとコンサートのステージ捌きをお褒めいただいた。我ながら上手くいったと思う。
やはり、私自身が音楽をする人間であり、かつ常にステージ運営を取り仕切っているので、こういう機会は全く苦にならない。

もちろん私だけの力ではない。実行委員は皆さんとても働いたし、裏方のスタッフも本当にてきぱきといやな顔ひとつせず働いていた。受講生の子供たちも規律正しく行動してくれた。何のトラブルも苦情も私には聴こえてこなかった。ああ1個あった。某県職員さんの「急に言ったって本番には出られませんよ」という発言。おいおい、それはステマネが判断することでしょ。もちろん問題なくその子も本番に乗った。

ワンコインコンサートでは、講師の先生の演奏、アシスタントも加わった弦セレ、こどもたちのエーデルワイスとシンプル・シンフォニー、どれも極上の演奏だった。ああ、一緒に演奏したかったなあ。でも俺が加わると音が濁っちゃうな。。。

写真は閉校式の模様です。
ラベル:
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2006年08月12日

夏休みこども弦楽学校2日目

gengakugakko20060811.JPG

2日目も日程を順調に消化した。
夕方には講師陣のコンサートのリハーサル。
チャイコの弦セレは、アシスタントも入って、11人編成で演奏する。アシスタントは、サンタ・チェチーリアで研鑽を積むものあり、地元倉吉で活躍するものあり、学生あり、大ベテランありの多士済々。

Violin I: 玉井菜採、山田美怜
Violin II: 日比浩一、荒井ゆうき
Viola: 馬淵昌子、生原幸太、棚橋恭子
Violoncello: 丸山泰雄、時本野歩
Contrabass: 新真二、西川昭雄

コンサートは最終日の8月12日(土)15:00から1時間くらい、倉吉未来中心大ホールで開催です(昨日のリピートです)。

今日のヒットは、帰りに旧関金町(現倉吉市)の「龍宮」で食べたタンタン麺とユーリンチィ(油淋鶏)。ボリューム満点で適度な辛さ。病み付きになる。教えてくれたTさんありがとね。
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