2006年09月02日

ドホナーニのヴォツェック

dohnanyi_wozzeck.jpg

なんという苦み。この不信に満ちた苦い響きは決して狙ったものではなかろうが、曲と完全に一体化している。

ヴォツェック、大尉、鼓手長、医者の歌唱はいずれも精神の歪みと皮肉に満ち、特にハインツ・ツェドニクの憎らしい表現が素晴らしい。
逆にマリーのアニヤ・シリアは夫である指揮者に見守られての歌唱だからか、泰然自若として余裕と落ち着きにホッとしつつも、画竜点睛を欠くと言えなくもない。

この演奏の方向性を決定的に決めたのは、当然ながら指揮者とオーケストラの関係だろう。なぜか第1幕からずっと相互不信に陥っているような不思議な緊張感がある。
オケが指揮者に逆らっているわけではないし、指揮者がめちゃめちゃ無理を言っているのでもないと思う。しかしながら、この水準の演奏に持っていくためには相当な応酬があったのだろう。「何でそこまで言われなくちゃならないんだ」みたいな音がしている。それがまた曲にマッチしているわけだ。
曲が進むにつれてその相互不信は必要に迫られて(曲が難しくなるにつれて?)解消され、最終的には緊張感に満ちた演奏が生まれた。
この曲は私はバレンボイムとベルリン・シュターツオーパーの来日公演を見ている。10年くらい前なので印象しか残っていないが、この演奏よりは温和だったと思う。

ところで、よく聴いてみると聴いたことのあるパッセージがいくつか聴こえる。マーラーの大地の歌の6楽章のハープのパッセージに似たものは引用だろう。同じくマーラーの9番の2楽章はレントラーの曲を作ったら結果的に似てしまったみたいな感じだが、そこまで狙ったのかも。バラの岸のワルツみたいなのは何なんだろう。
さて、それよりも気になったのは、ショスタコーヴィチの交響曲の4番に現れるパッセージに似たもの。鼓手長の場面では1楽章の断片が、マリーが殺される場面では、3楽章の一番最後の弦のハーモニーが聴こえる。
おそらく、ショスタコーヴィチは、4番でヴォツェック的なものを描きたかったのだろう。

このCDにはシェーンベルクの「期待」も入っているが、初めて聴く曲でよく分からんので何も書かない。

さて、ドホナーニが正規録音したオペラ、ルル、ヴォツェック、サロメ、フィデリオ、オランダ人、ラインの黄金は手に入れた。あとはワルキューレだけかな。今回も某オークションで調達。

Alban Berg
Wozzeck

Wozzeck: Eberhard Wächter
Marie: Anja Silja
Tambourmajor: Hermann Winkler
Andres: Horst Laubenthal
Hauptmann: Heinz Zednik
Doktor: Alexander Malta
Margret Gertrude Jahn

Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmoniker
Christoph von Dohnányi

DECCA, 1979.12


広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。