2006年10月28日

第一の故郷と第二の故郷/マッケラスのスークとマルティヌー

mackerras_suk_martinu.JPG

マッケラスの出身地であるオーストラリアの室内オーケストラを振って、若き日に音楽を学んだ地であるチェコ(ヴァーツラフ・ターリヒに師事していた)の作曲家2人の曲を録音した1枚。
今は無きコニファー・レーベル。不覚ながらこのCDの存在を知らなかった。ヤフオクで調達。

スークの弦セレは、曲自体がウルトラ・ロマンティック。1874年生まれなのに。フランツ・シュミットと同い歳で保守派なのも一緒か。
演奏はすっきりさわやか。というか、曲が明朗爽快で、その特徴を上手く表現できているようだ。
長岡京アンサンブルで聴いたときはもっとねちっこくて郷愁に満ちた曲だと思ったんだが、指揮者なしの長岡京が熱っぽく演奏したからそういう曲だと思ったんだろう。
指揮者のある(しかもマッケラス)のこの演奏では、演奏面でのストレスは全くない。曲は結構楽譜が細かく書いてあって難しいと思うが、そういうのは演奏に現れていない。
もしかしたらこの曲のクライマックスなのかもしれないアダージョの第3楽章がこってりと濃密に演奏されていて気持ちよい。

マルティヌーはやっぱりいいねえ。人生の「苦み」がふと漂う曲だ。
プロだから曲が難しいとか何とかいうことはあんまりないだろうが、こういう曲って簡単そうで難しいんだろうなあ。調性は楽譜に明記されていないだろうが、調性を意識した部分が多く、しかも細切れに調性が変わっていく。
この演奏ではその調性感が明快で、その場その場で美しいハーモニーがなるので、演奏者が和声感をきちんと細切れに移しながら演奏しているんだろう。
ピアノソロは、コンチェルトのソリストであったりアンサンブルの基盤であったり、いろんな役目があるようだ。演奏は達者で役割を果たしている。

ジャケットの絵は、カレル・ベネシュという人の「プラハ−春−音楽」という作品だそうだ。楽器の形とか、線画の女性とか、味がある。


Josef Suk
Serenade in E flat for Strings, op.6
Bohuslav Martinů
Sinfonietta Giocosa for piano and small orchestra

Dennis Hennig, piano
Australian Chamber Orchestra (Leader: Carl Pini)
Sir Charles Mackerras
Conifer, 1988.12.29-30, Sydney Opera House Concerthall


広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。