2007年01月31日

ヴィオラ・ソナタ/バシュメットとリヒテル

bashmet_richter.JPG

今週末にこのコンサート(http://officevega.blog60.fc2.com/blog-entry-54.html)を聴きに行くことにしていて、ちょうど手元にない2曲が入っているこのCDが某オークションに出品されていたので、勉強用にと入札し、無事落札。
もちろん中学生だか高校生だかの頃に発売され、当時から名盤の誉れ高く、いつかは手に入れようと思っていた1枚だが、ちょうどこの機会にビクター盤が手に入れられて幸いだった。初期盤とジャケットデザインが違う(確か)のがちと残念だが、音の良さは変わらないだろう。

バシュメット31歳の録音だが、完璧である。若さと深さが見事に同居し、完璧な技巧で作品の暗部をえぐる。それをまたいっそうの深さで支えるリヒテルの見事なこと。上には上がある、ということだ。

さて、聴いたことはあるショスタコーヴィチのソナタはともかく、ヒンデミットは事前に聴いておいてよかった。曲の構成が相当難しいのだ。本当に幸いなことにこのCDにはインデックスが刻んであって、下に記すすべての変奏の出だしがどこか分かる。したがって、解説を読みながら、インデックス表示を見ながら、CDを聴けば、構成が分かる。

ヒンデミットのヴィオラ・ソナタの構成
第1楽章 幻想曲
第2楽章 主題と変奏
 1.主題
 2.第1変奏
 3.第2変奏
 4.第3変奏
 5.第4変奏
第3楽章 フィナーレ:主題と変奏 ロンド形式
 1.主題  ロンド主題(A) と主題Bを提示
 2.第5変奏 第2楽章の主題の第5変奏とロンドとしての主題C(とロンド主題も?)の提示
 3.第6変奏 同じく第6変奏と、ロンド主題やら主題Dやらいろいろと提示したり展開したり
 4.第7変奏 ロンド主題だかもとの主題だかによるコーダ


この作品がヒンデミット24歳の若書き(彼は若いつもりじゃなかったろうが)であることを考えると、まず構成を決めてから曲を書いていったのではなかろうか。それにしても後年のギクシャクした機械的な音楽からは考えられない流麗な美しい曲である。
なんでそんなことを書くかというと、ショスタコーヴィチの曲が、病床にあって書いた最後の作品であり、その曲の達観、彼岸、諦観の度合いが濃すぎるから、つい比べてしまったからである。ショスタコーヴィチの作品番号140番台の曲は本当に彼岸の音楽ばかりである。交響曲とカルテットのそれぞれ15番、そしてミケランジェロ組曲。

ところで、私が興行主なら、ヒンデミットのソナタの時には、演奏する横でお客様のために「第1変奏」とか「主題C」とか字幕で表示してあげたい気持ちです。漫然と聴くのと構成を追いながら聴くのでは、聴く楽しみが全然違うと思うんだけどなあ。



Yuri Bashmet, viola
Sviatslaw Richter, piano

Paul Hindemith
Viola Sonata in F op.11-4

Benjamin Britten
"Lachrymae" op.48

Dmitri Shostakovich
Viola Sonata op.147

1985.3.6-8, Paulussaal, Freiburg, West Germany
ビクター音楽産業株式会社
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2007年01月30日

指輪の半分/ドホナーニ

dohnanyi_halfring.JPG

スタジオ録音による最初の「ニーベルングの指輪」全曲を完成させたDECCAが、最後の(?)スタジオ録音による全曲録音を作成すべく取り組み、道半ばで挫折した「ラインゴールド」と「ワルキューレ」である。
ラインゴールドは1年位前に手に入れ、ワルキューレはようやくこないだ手に入れた。

両方を聴いて思ったのは、「発売順が失敗の元だったのでは」ということだ。
録音はワルキューレが先だが、発売はラインゴールドが先。演奏の、質というのではなく、方向性が微妙に違っていて、それが販売に影響したのではなかろうか。
一言で言えば、ラインゴールドは「端整」、ワルキューレは「劇的」。ラインゴールドは交響曲のようだが、ワルキューレはまさに楽劇の世界である。
おそらく、ワルキューレは、ドホナーニとしても得意な曲であろうし、クリーブランドとしても演奏会形式のコンサートなどを通じて曲が体に一体化した状態で臨んだ録音なのではなかろうか。ドホナーニが振り回せばオケが食らい付く。
ラインゴールドは、曲の性格もあろうが、そういった感じではない。
これを音楽ファンが発売順に聴いたらどう思うだろうか。ラインゴールドを聴いて、ワルキューレを買わなかったのではなかろうか。だって交響曲のようなワルキューレを聴きたい人は少なそうだもの。
ワルキューレを先に聴いたらラインゴールドは買うと思う。歌手陣も、ワルキューレの方が万全だ。スタジオ録音なのに手に汗握るドラマを感じる。

ドホナーニの一連のオペラ録音のうち、評価の高いフィデリオやヴォツェックは再発されたが、オランダ人も含めたワーグナーが再び日の目を見ることはないかもしれない。だっておそらくほとんどの人が聴いたことがないだろうから。そう考えると、全く忘れ去られる前にこの2曲を手に入れられて幸いであった。


Richard Wagner

Das Rheingold

Wotan: Robert Hale
Fricka: Hanna Schwartz
Freia: Nancy Gustafson
Donner: Eike Wilm Schulte
Froh: Thomas Sunnegardh
Loge: Kim Begley
Mime: Peter Schreier
Alberich: Franz-Joseph Kapellman
Fasolt: Jan Hendrick Rootering
Fafner: Walter Fink
Woglinde: Gabriele Fontana
Wellgunde: Ildiko Komlosi
Flohsshilde: Margareta Hintermeier

The Cleveland Orchestra
Christoph von Dohnányi

1993.12, Severance Hall, Cleveland


Die Walküre

Siegmund: Poul Elming
Sieglinde: Alessandra Marc
Hunding: Alfred Muff
Wotan: Robert Hale
Brünhilde: Gabriele Schnaut
Fricka: Anja Silja
Waltraute: Karin Goltz
Helmwige: Ruth Falcon
Ortlinde: Susan Marie Pierson
Gerhilde: Michele Clider
Schwertleite: Pnenlope Walker
Siegrune: Katherine Cienski
Rossweisse: Susan Shafer
Grimgerde: Sandra Walker

The Cleveland Orchestra
Christoph von Dohnányi

1992.12, Severance Hall, Cleveland

DECCA

2007年01月29日

市響、補助事業実績

今日は鳥取市響の練習。
Vn1 4, Vn2 2, Va 3, Vc 1, Fl 1, Ob 2, Cl 2→1, Hr 4, Tp 1, Tb 2, Tub 1, Perc 1, Cond 1。
今日は人が多くていい音がしてました。
相変わらず指揮者としてはダメダメな練習で申し訳ないです、皆さん。
でも、威風堂々は相当良くなったんじゃないでしょうか。リーロイ・アンダースンもそれなりになってきたし。やっぱりルスランは音楽的に難しいね。

家に帰ってから、補助事業(10月29日にやった演奏会です)の実績報告のための資料作成。領収書を紙に貼って、コピー。それを元に決算と、実績報告書の様式を埋めていく。これまでと打って変わって相当ややこしいんである。反省めいたものの文章を書いたり、アンケートの結果をまとめたり。文章の方はまあちょちょいと済ませ、アンケートは団員のY君に作ってもらっていたのでコピペでなんとか完成。
結局3時間以上かかってしまった。

でもこれで補助金がオケの会計に入り、私の立替分ウン十万円も返ってくる!これで口座マイナス生活からおさらばだ(←死語)。
といっても実は車のローンの通帳の方まではマイナス生活が脱却できそうになかったりします(涙)。
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2007年01月28日

クレンペラーのブルックナーの8番

klemperer_bruckner8.JPG

クレンペラーが最晩年に録音したブルックナーの交響曲第8番は、最近では正当に評価されることがない。
曰く「第4楽章にとんでもないカットがある」と。
それは確かに間違いではない。第4楽章の提示部のあとにいきなり再現部が来る。しかも提示部の最後の音に再現部の前の部分の音がかぶさっている。これは編曲に近い行為と言えよう。

しかし、それと演奏自体とに何の関係があるだろうか。そう、この演奏はとんでもなく素晴らしいのだ。

クレンペラーのブルックナーの8番の演奏は、市販されたもので3種類ある。
有名なブルックナー・サイトから転載する。(http://abruckner.com/
Philharmonia Orchestra 2/2/64 Rare Moth CD 417/418 M........... 81:00 - 15:02 16:32 25:22 23:57
(doubtful - possibly a 1959 BBC S.O. studio recording)

Cologne RSO live 7/6/57 Arkadia CD 704.1 ................ 71:53 - 14:12 14:25 22:32 20:44
(no cuts) Frequenz CD 051-054
Hunt CD 704
Movimento Musica LP 02.023
WDR Promo LP T 72 424 (Scherzo only)

New Philharmonia Orch 10+11/72 EMI CD ZDMB 63835 ............... 84:12 - 17:56 19:53 26:57 19:26
*Cuts from 211 to 387, and from 582 to 647 in Finale
Klemperer's Statement http://www.abruckner.com/data/documents/klemperer_statement.jpg
HMV LP ASD 2943/4
HMV LP SLS 872
Angel LP SB 3799
EMI CD TOCE-3451-52

ちなみに私は3種類とも持っている。最初に聴いたのが64年のものといわれるもの、次にケルン放送響との57年ライブ。
このケルン放送響の演奏が素晴らしくて、「クレンペラーは50年代までに限る」とずっと思っていた。晩年はもう音楽をコントロールできていない、と。

しかしこの最晩年の8番に関しては、オーケストラの表現意欲とクレンペラーの統率意志が明確に聴き取れる。ジュリーニの演奏がいいと言うなら、この演奏もいいと言わなきゃいけないんじゃないかとまで思った。
テンポは非常に遅いがテンポ感はよく、もたれた感じはしない。演奏者が気を抜く瞬間は一切ない。それがコーダでさらに大きな音楽を作り上げる。もちろん縦の線がどうのとかバランスがどうとかいろいろあったとしても、クレンペラーはそういうチマチマしたことをしたかったわけじゃないはずだ。
実はそういう感覚は50年代の演奏のほうが明確で、57年のブルックナー、他の盤だが58年のドイツレクイエムなど、指揮者の表現意欲が旺盛なのだ。それが、最後の最後に、この8番とかとかマーラーの7番とかの演奏にも宿ったようだ。

カップリングの曲がさらに重要で、ワルキューレから「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」、ヒンデミットの「高貴な幻想」(訳が違うかも)
ヒンデミットはどうか忘れたが、魔の炎の音楽もブルックナーも廃盤中なのだ。実は最後まで手に入ったのがいずれも国内盤。8番は単独で、魔の炎の音楽はワルキューレ1幕との2枚組みで出ていた。
魔の炎の音楽は、まさにワーグナーを聴く喜びに満ちた音楽。クレンペラーのリングは、ワルキューレ第1幕とこれと管弦楽曲集1枚分しかないわけだが、ある意味リングを聴いた気になる演奏である。
ヒンデミットは、オケ創立間もなくの54年録音だけあって、まずはオケの個々のプレイヤーの実力が異常に高く、この曲をわずかな困難も感じさせずに演奏している。本当に上質な演奏だ。この時期のクレンペラーがあまり受けないのは、この上手すぎてがんばった気がしないことにもあるのかも。

EMIはGreat Recordings of the Century シリーズで継続的にクレンペラーの録音をリマスタリングして再発しているが、どうも最晩年のものだけは避けて通っているような気がする。確かに現代的な視点で見れば傷が多いともいえるこれらの録音は、やはり貴重なものであり、日の目を見させてほしいものだ。


Otto Klemperer

Anton Bruckner
Symphonie Nr.8 c-moll
New Philharmonia Orchestra
1972.10-11, Kingsway Hall, London

Richard Wagner
Walküre, Wotans Abshield
Norman Bailey, baritone
New Philharmonia Orchestra
1970.10, All Saint's Church, London

Paul Hindemith
Nobilissima Visione - Suite
Philharmonia Orchestra
1954.10, Kingsway Hall, London

2007年01月27日

シューマンの4番のパート譜

schumann4_1.JPG schumann4_2.JPG schumann4_3.JPG

シューマンの4番のパート譜

もう今週の火曜日には届いてたシューマンの交響曲第4番のパート譜をようやく開封してみた。

荷姿は1枚目の写真の通り。箱をよーく見るとブライトコップはヴィースバーデンに、ヘルテルはライプツィヒとパリにくっついて書いてある。ブライトコップ・ウント・ヘルテルという会社の出自が分かるようにしてあるということかな。

開封してびっくりしたのが、表紙デザインが一部変わっていること。ヴァイオリン1,2と管楽器は従来と同じ「いつもの」ブライトコップ。ヴィオラとチェロとコントラバスは新デザインになってしかも版型が一回りでかくなった。2枚目の写真では遠近法の関係で判別しづらいかも。
新デザインは確かに「新しい」という気はするが、余白が多くて殺風景な気もする。まあなれるだろう。
これがどちらもちゃんと1999年出版の新しい版である。どの程度校訂の手が入っているのかは不明。ミニスコアをよく見たら「ミスはちゃんと直しといた。指揮者用のでっかいスコアには校訂報告を載せといたよ」と書いてあった。うーん、買うべきかも。

それよりも問題なのは、音符の印刷具合だ。3枚目の写真だが、いかにも「コンピュータで書きました」みたいな素っ気無い見た目で、詩情がないことおびただしい。初めてベーレンラーター新版のベートーヴェンの楽譜を見たときも思ったが、あれは慣れた。でもブライトコップのはさらに素っ気無い。スコアを見たときに危惧していたのだが、そのまんまだった。これでシューマンの詩情が表現できるかどうか心配である。まあ何とかなるんだけどね、きっと。

ともあれ、美しい楽譜で演奏できるのはとても気持ちいい。いつもは黒丸の白抜けとコピーのノイズと書き込みの嵐の中から音符を探り出して演奏してるもんなあ。やはり楽譜は買うものです。
といっても安価ではない。今回は締めて231.25EURなり。今日のレートで1ユーロ156.55円だから36,202円。でも、人類の至宝の一つがこれで手に入り、しかもオケで演奏できるとなれば、十分価値に見合った価格だと思う。
タグ:楽譜
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2007年01月26日

パンク後日譚

dunlopdsx.jpg

朝の通勤時にいつものガソリンスタンドに寄って、タイヤを見てもらった。
やはり盛大に空気漏れしていて、裂け目も見える。
このタイヤはもう4シーズン目で、タイヤ溝もスノータイヤとしての使用限界。「修理できなくもないけどスノータイヤとしての意味はない」という店員さんのコメントであっさり全輪交換を決断。
幸いタイヤの卸業者に在庫があったようで、お昼には付け替え完了。銘柄はダンロップのDSX。なんだか広告も派手派手です。
http://tyre.dunlop.co.jp/tyre/lineup/studless/top.html
しかしスタッドレスタイヤって高いんですねえ。相当勉強してもらいましたが、古タイヤ処理費・工賃込みで1本3万円×4本。あの世界最高強烈グリップのブリヂストンのPOTENZA RE050よりも全然高いです。やっぱりスタッドレスタイヤってあの細かいサイプを刻むのは大変なんだろうなあ。


おまけ

百式さんのブログ、pop*popの今日のエントリー、何面まで解ける?頭の体操に最適な『ハッカーパズル』が面白い!

内容はリンク先の通りです。IQテストみたいな感じだね。
ちなみに私は全部解けました。って言っても独力じゃなくて、Wikipediaを駆使しまくり。

あんまりネタばらししてもいけないんだけど、よくできてます、これ。
数字の代わりになる単語やら外国語、文字遊びを駆使しているんだけど、2箇所「あれ?」と思わせるところがある。
1つは、ドイツ語の次にまたドイツ語にそっくりの単語が出るところ。もう1つは、フィボナッチ数列でそのものの数字が数列に出ていて一瞬何をすればいいのか分からなくなるところ。
どうしても分からない方にはお教えできますので。
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2007年01月25日

パンク

やられた。車のタイヤがパンクした。

家まであと3kmくらいのところで、なんだか左側のタイヤがゴトゴトするなあと思っていたら、家についてみると左の後輪がプッシュウーと盛大に空気が漏れている。
どうやら鋭い金属か石かが刺さったまま1kmくらい走って、それがどこかで抜け落ちたらしい。後輪だったことも幸いした。前輪と後輪では荷重が2対1くらい違うのだ。前輪だったら家まで持たなかったかもしれない。

夜も遅いし(11時くらい)明日にしようかと一瞬思ったが、家の駐車場は砂利敷きなので、その場ではジャッキアップができない。完全に空気が漏れたまま1日置いてホイールが変形したらさらに被害甚大である。意を決して車を外の舗装路(いつもタイヤ交換するところ)まで出し、トランクから手探りでジャッキを取り出し、ジャッキアップした。

それからスーツを着替えて風呂に行く用意をして、夏タイヤを出し、ボックスレンチを出し、タイヤ交換した。
タイヤ交換で一番重要なのは、ボルトをねじ込むときである。ちょっとでも斜めにして無理にねじ込むと、ねじ山をなめてしまい、ボルトもハブも使い物にならなくなってしまう。実際とあるサイトでそういうことをしてしまった人の文章を見たことがある。
幸いタイヤ交換はもう何度も何度もやっているので、手が感触を覚えている。暗くはあるが街灯もあり、素手であれば感触もよく分かるので、難なく終了。といっても、目視で確認できていないので不安がある。前輪が無問題とも限らない。

とりあえず明日の朝ガソリンスタンドに持っていって、パンク修理でいけるならそれで、だめならちょうど冬タイヤも古くなったことだし、全交換することにしよう。
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2007年01月24日

ポール・オースターのミスター・ヴァーティゴ

mr_vertigo.JPG

久々に小説を読んだ。「ムーン・パレス」とか「幽霊たち」とか「偶然の音楽」とかで有名なポール・オースターの「ミスター・ヴァーティゴ」。1994年の作で、翻訳はハードカバーで2001年に出ていたようだ。柴田元幸氏の翻訳。
本当は「銀河ヒッチハイクガイド」がほしくて鳥取中の書店を探していたのだが、河出文庫はどこも非常に在庫が少なく、代わりに(ならないけど)たまたま文庫が新刊で出ていたので買った。
ポール・オースターの名前はよく知っているのだが、読むのは多分初めて。なぜか「静謐」な作家と思っていたが、この作品は「饒舌」。

いやはや見事な「おとぎ話」だ。半分は。現実にはありえない「空を飛べる少年」の成長過程に、ご都合主義的に偶然が重なって、ストーリーはどんどん展開していく。語り口は「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と同じ「おとなこども」のそれ。
そのご都合主義的な少年時代だけで話を終えてもよかったんじゃないかと思っていたのが、読んでいくにしたがって、さらに深く深く物語が沈降していって、最後には何か非常に重たいメッセージを受け取った気になる。
半分くらい読んで「これ以上まだドラマが作れるの?」と思うとちゃんとドラマは続く。後半はどの時点でもその繰り返し。最後の部分は本当に付け足しっぽいのだが、どう考えてもそれがないと成立しないところがこの小説の面白さだろう。

奇想天外なテーマとプロットはもちろん、その不恰好な構成自体も愛すべき作品であろう。

<追記>
CLASSICAさんのWhat's New!の最新エントリー「お客さま、危険ですのでお席での空中浮遊はお控えください(意味レス)」に受けまくり。この小説がまさにこんな感じの脱力感なんです。
トラバ打たせていただきました。
タグ:日記
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2007年01月23日

幻の逸品

klemperer_kondrashin_dohnanyi.JPG

ようやく手に入れた幻の逸品3つ。
詳細はいずれ。
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2007年01月22日

鳥取市響練習/藤本由紀夫展

fujimotoyukioten.jpg

Vn1 4, Vn2 3, Va 3, Vc 1, Kb 1, Fl 1, Cl 1, Hr 4, Tb 2, Perc 1, Cond 1
シンコペイティッド・クロック、ワルツィング・キャット、ルスラン、威風堂々、ベールマンのアダージョの順で練習。
午前中に練習方針をぼうっと考えていて、これだと思ったのがテンポ設定。本番テンポとの乖離が激しくてもいけないし、まともな練習にならない速さでもいけない。ちょうど音楽しやすいテンポを思いついて、それを実行。どの曲も「それっぽく」聴こえるようになった。もちろんそんないい加減なことではいけないわけで、あと2回くらいは私が指揮する機会があるのでその中で、きりっとした音楽を作っていきたい。
それぞれ名曲だが、やはり人数が少なくても音楽が魅力的に聞こえるというのが名曲の名曲たる所以だよなあ。

それと、昨日は「高砂屋」でやっている「藤本由紀夫展-see/hear-」を見に行った。"-see/hear-"という副題は、見ることが主体の作品と聴くことが主体の作品を両方制作し、展示していることによっている。
http://www.tottori-artcenter.com/event/2007_01gatsu3.html
"hear"に関しては、オルゴールのムーブメントやカチカチ音の出る時計を使って、「計算された」「ランダムな音」を出す装置を作っていた。ある作品などは、土蔵の中でカチカチ音を立てる無数の時計。まるでこれを思い出させる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%EF%BC%88100%E5%8F%B0%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%EF%BC%89
http://www.cwo.zaq.ne.jp/caso/html/art-time-music.htm
また、電子鍵盤楽器を数台使ったクラスターを背景で鳴らすというようなのも、現代音楽的な視点から見ればむしろほほえましい感じがしてよい。

"see"に関しては、"hear"ほどのユニークネスを獲得しているようには感じなかった。誠実であることは間違いないが、美術というのはそんな生真面目でなくていいのではないか。
それにしても、これだけたくさんの作品で、無料なんて太っ腹だ。少なくとも500円は取ってよい。
1月28日までやっているので、ご近所の方はぜひ行って体験してほしい。ただ見ても面白さは分からない。自分の手でオルゴールのねじを回してみないと。
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