2007年03月24日

カラヤンとフルトヴェングラー

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カラヤンとフルトヴェングラー
幻冬舎新書。中川右介著。

最初に見かけたときは、著者が「クラシックジャーナル」の編集長だというのを見て、「これは私の読む本ではないな」と思って遠ざけていたんだが、ぱらぱらめくってみるとえらいデータが豊富そうだったので買って読んでみた。
文献に基づいてデータをまとめただけあって、詳細かつ正確(たぶん)。これは面白い。
ベルリン・フィルの音楽監督の座をめぐって争ったフルトヴェングラーとカラヤンとチェリビダッケの三角関係をみごとに描いている。

ただし、著者が「現在の音楽界にも陰謀や復讐はあるだろう。だが、この本に登場する人々が展開したほどの激しいドラマがあるだろうか」とあとがきで書いたとおり、著者の意図は「陰謀」として浮かび上がってくるように彼らの行動を書くことである。
読んでいけばいくほど、この「陰謀」めいた語り口の部分が、事実の淡々とした記載から浮いているように感じてしまう。つまり、データの羅列の方がよっぽど読んでて面白いのではないかということだ。本文が303ページで840円は新書にしては高め。陰謀を省けば読みやすくて安くなるのに。
それより気になるのが、本当に彼らが「陰謀」を働いたのかどうかである。彼らは彼らなりに生存競争に打ち勝とうとがんばっていたのが結果的に企みっぽくなってしまっただけだろうに、これではやるせない気がする。しかも普通の読者なら陰謀部分しか読後に印象が残らない可能性がある。それはまずい。

もう一点惜しいのが、あくまでこの3人に絞って記述しているところで、ベルリン・フィルに関わりのあった他の指揮者の名前はカラヤンの正式決定時点の対抗馬を列記したところにしかないこと。戦後の定期公演でチェリもフルヴェンも振っていなかったときの客演指揮者にどんな人がいたのかを記述していれば、その時代の「空気」が「ヲタク」にはより濃く感じられただろう。

ともかく、この3人はそれぞれつらい思いをその時点ではしていただろうが、結果的には未だにクラシック・ファン(というよりヲタク)の神々であり続けている。それがクラシックの現在の不毛を象徴しているのがつらいところだ。


posted by tak at 10:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽的思索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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