2007年03月26日

ジュリーニ/ヴェルディ/レクイエム

giulini_verdi1.JPG giulini_verdi2.JPG

やはりジュリーニはイタリア人であった。
怒りの日を振る時の目を剥いた恐ろしい形相。芝居掛かったなんてものではない、没入しているのだ。最初の振り下ろしはまさに鉄槌を下すかのようだ。一転してサンクトゥスでは喜ばしい表情。指揮振りも顔も表情豊かである。

流れ出る音楽は芝居やハッタリではなく、ヴェルディの意志を今によみがえらさんとする、隅から隅まで真摯の一言に尽きる峻厳な音楽である。
「オペラチックだ」などと言われることの多いこの曲が、メロドラマ的表情を全く見せることなく、まさに鎮魂曲として、嘆きの音楽として演奏されている。
フィルハーモニアがジュリーニとともに演奏するヴェルディのレクイエムの毎年の公演は、この時代のロンドンの人々の宝であったようだ。こんな演奏が毎年聴けたとはうらやましい限りである。
レコード芸術・別冊「演奏者別クラシック・レコード・ブックVol.1 指揮者編」(1987年10月30日発行)のジュリーニの項で、三浦淳史氏がこういうエピソードを紹介している。
「当時第2ヴァイオリンの首席奏者だったジュリアン・イーストウッド女史は、ジュリーニのヴェルディ/レクイエムの晩のことを、いまだに忘れがたく思っている。『拍手喝采はいつまでも鳴りやまず、半時間以上も続きました。わたくしは一晩中眠れませんでした。<怒りの日>の、あのトランペットを想い出すと、今でも総毛立つ思いがします。』」

独唱陣は、みんな素晴らしく、特にリリカルな声と表情のシャーンドル・コーンヤが印象的だ。

フィルハーモニアの演奏では、金管の重厚な響きが独特だ。クレンペラーの治世であり、世界で最もドイツ的な音楽を鳴らしていた時代のフィルハーモニア。
全体の編成は、弦が16-14-12-10-8、管はホルンのみアシが付き、3-2-2-4-5-4-3-1とバンダ(見えず)、打楽器が2。特別大きいわけではないが、すさまじい音響で鳴っているのが分かる。最初から最後まで気合十分である。
合唱も統制の取れた素晴らしいアンサンブルである。

もう1曲入った「聖歌四篇」も見事に手の内に入った演奏。合唱の美しさは絶品だし、オケも「慣れた曲」として、無用な緊張なく素晴らしい音を出している。

なお、モノラル、モノクロであるが、全く気にならない。音楽は十全に聴ける。

ちなみに、市内の書店で買った国内盤なんだが、2500円は安いと思う。CDはもっと安いかもしれないが、この映像は宝物だ。


Carlo Maria Giulini

Giuseppe Verdi

Messa da Requiem
soprano: Ilva Ligabue
mezzo-soprano: Grace Bumbry
tenor: Sandor Konya
bass: Raffaele Arie

Philharmonia Chorus
Philharmonia Orchestra

1964.4.26, Royal Festival Hall, London

Quattro pezzi sacri

New Philharmonia Chorus
New Philharmonia Orchestra

1968.3.3, Fairfield Hall, Croydon

EMI/BBC


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