2007年08月30日

ヤルヴィのニールセン管弦楽曲集

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シンフォニーが飛びぬけて有名で、コンチェルトと木管五重奏が局地的に有名なニールセンの、なぜ有名にならないのか不思議なほど傑出した管弦楽曲集。
本当は管弦楽曲集なんて無味乾燥な言い方をしたくない。ストーリー的な要素の強い音楽ばかりなので、むしろロマンティック音楽集といったほうがいいような気がする。
そう言いたくなるほど、音楽自身が物語を編んでいくような曲である。
曲名の日本語訳はこんな感じ。

仮面舞踏会
狂詩的序曲「フェロー諸島への幻視旅行」
ヘリオス
サガの夢
パンとシランクス
アラディン

これだけまとまったニールセンの曲集もなかろうが、現在廃盤中。

演奏については、もうちょっと練習を積んで録音してほしかった、という感じだ。例えば、第4交響曲なんかはエーテボリもけっこうやる機会があるだろうから、曲が手の内に入っているのが聴いて分かるんだが、この曲集の曲は弾けてはいるけど手の内には入っていないようだ。
それでも、アラディンの東方祭行進曲とかニグロ・ダンスとか、体が心からリズムを取りたくなるような本能を揺さぶる音楽はけっこういけてる。これらはベルリン・フィルのヴァルトビューネでも取り上げていたが、どのオケでもノリノリでできちゃう曲だろう。この脳天直撃おバカ系音楽をもっとみんなに聴いてほしいなあ。
「サガの夢」の印象的な金管のコラールも美しい。

ちなみにヤフオクで入手。


Carl Nielsen

Maskarade FS 39
Rhapsodic Overture: A Fantasy Journey to the Faroes FS 123
Helios Overture FS 32
Saga-Dream FS 46
Pan and Syrinx
Aladdin

1995.5

Göteborgs Symfoniker
Neeme Järvi

DG
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2007年08月27日

音楽的土日

土曜日は箏の人たちとカルテットの協演の練習。9月23日が本番。
鳥取の有名な民謡である「貝殻節」を鳥取の有名な作曲家J氏が編曲したもの。編曲はなかなか面白くて、J氏の曲らしく縦の線が分かりにくくて難しいところがあるが、全員であわせるとそれなりに面白い。
本番は箏の女性たちは着物姿なので、鳥取近辺の方々はぜひ麗しい姿を文化ホールに見に来られたし。

日曜日は鳥取市響の練習。久々に山本先生の指揮。技術的なことをテキパキと指示されて、練習は順調に進んだ。こういう練習を見ると、如何に私の練習が素人の仕業かが良く分かる。
「ずいぶん上手くなった」と言われていたが、もうちょっとテンポが遅いともっと上手さが発揮されるんだけどなあ。あの速さではシューマンのロマンが漂ういとまがない。
練習後に10月7日の演奏会のための運営委員会。曲目解説を今年も私が書くことになった。それを見越してこないだ図書館でシューマンの「マンフレッド」についていろいろ調べたがあまり面白い情報はなかった。さて何を書くか。
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2007年08月26日

ヤルヴィのニールセン#5,6

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第3交響曲がニールセンの「陽」とすれば、第5交響曲は「陰」、第6交響曲は「壊」。ダークサイドに堕ちたニールセンの2曲である。
なんだかあっちの世界に行ってしまったニールセンの音楽を聴いていると、世界の不安定性をふと思い起こしてしまう。

ヤルヴィの演奏は、そのダークサイドを暗く重く凶悪に表現しつくす。ヤルヴィの最も暗く重く素晴らしい演奏がショスタコーヴィチの14番「死者の歌」であるが、その名演を思い起こす。

ニールセンが5番を作曲したのが1922年、6番が1925年。交響曲の歴史はちょうど同時期に第1交響曲で天才を世界に示したショスタコーヴィチにそのまま引き継がれていく。


Carl Nielsen

Symphony No.5 FS97 (op.50)
1991.5

Symphony No.6 FS116 "Sinfonia semplice"
1992.3

Göteborgs Symfoniker
Neeme Järvi

DG
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2007年08月25日

ヤルヴィのニールセン#3,4

jarvi_nielsen3~4.JPG

私のニールセン受容は、3番「広がりの交響曲」から始まる。生演奏を聴いたのか、テレビで見ただけなのかどうしても思い出せないのだが、ブロムシュテットがN響を振ってこの曲を演奏したのを聴いたのだが、その演奏がとても素晴らしかったのだ。N響らしからぬ張りに満ちたブラスの音。この能天気な曲が脳天に直撃して、一気にこの曲を気に入ってしまった。
ソプラノとバリトンの独唱がなければもっと演奏機会があるだろうに、なんて思ったことを覚えている。
ヤルヴィとエーテボリの演奏は、残念ながらブロムシュテットのブリバリ感には及ばない。でも、良い演奏である。

さて、もっとも有名な「不滅」。名演は無数にあろうし、この演奏は分が悪かろう。と思いきや。充分な音圧、自然なテンポ変化、柔らかな歌、これらが三拍子揃った演奏というのは案外少ないかもしれない。演奏技量的に難しい曲であるから、上手いオケに有利な曲であることは間違いないが、なんでもできてしまうSクラスオケには曲への思い入れを感じさせる自然な歌は、それ相応の指揮者でないと逆に難しかったりするものなのだ。その点、エーテボリは曲への充分な愛情を表現している。
音圧だけを聴く人には物足りないかもしれないが、これは名演である。


Carl Nielsen

Symphony No.3 FS60 (op.27) "Sinfonia espansiva"
1991.8

Symphony No.4 FS76 (op.29) "The Inextinguishable"
1990.10

Göteborgs Symfoniker
Neeme Järvi

DG
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2007年08月22日

ヤルヴィのニールセン#1,2

jarvi_nielsen1~2.JPG jarvi_nielsen1~2_2.JPG

CDについて書くのはずいぶん久しぶりだ。なんせ暑くて暑くて、アンプの放熱がすごいので音楽を聴く気にもならなかったのだ。CDもほとんど買わなかったし。ようやく夜は少し涼しくなってきたので、最近また音楽を聴くようになった。

さて、ずいぶん前になかなか手に入らないCDのことを書いた(http://takmusik.seesaa.net/article/23615708.html)が、その中の1枚のヤルヴィのニールセンがようやく手に入った。
ヤフオクもめぼしいものが出てこないのでご無沙汰していたのだが、久々に見たらヤルヴィのショスタコーヴィチ歌曲集第1集とか、このニールセンとかめったに見ないものが出ていたのでまた最近チェックし始めたのだ。ニールセンは価格も2500円と手ごろで即決入札、無事落札。

演奏は、曲を鑑賞するには全く問題ない、ヤルヴィがよく評されるところの「手堅い」演奏である。隅から隅まできちんと作りこんである。曲の良さも悪さ(?)も包み隠さず表現する。
ただ、彼らが後に到達した魂を震撼させる「怖い音楽」を作るには至っていない。
ともあれ、これで交響曲全集は揃った。あとは管弦楽曲集。これもたまたまヤフオクに出品されている。

ところで、ジャケットを開いてびっくりしたのが、14歳のカール君が持った奇妙な楽器。右手の小脇に抱えるのは信号ラッパの類だとすぐ分かるが、左手のは何か?
バルブトロンボーン?だとしたらこんなのだ。http://www.gleblanc.com/instruments/query.php?model=TR690
バストランペット?最近のは普通のトランペットと変わらない。http://www.meinl-weston.com/basstrumpets.htm
ただ、2つの楽器のマウスピースがほとんど同じことから、バストランペットのぐるぐるをのばした楽器だと分かる。ニールセンの金管ブリブリ好きは少年時代の影響か?


Carl Nielsen

Symphony No.1 FS16 (op.7)
1992.9

Symphony No.2 FS29 (op.17)
1991.6

Göteborgs Symfoniker
Neeme Järvi

DG
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2007年08月20日

ジュニア無事終了

リハまではいろいろと不安があったが、本番はみんながめったにない集中力で何とか無事にそれなりの演奏で乗り切れた。

お菓子とジュースの打上げでは、子供も指導陣も一人一言いうのだが、これがいつも困る。だってN先生の前に何か気の利いたことをしゃべらなきゃいけないのだ。

私「演奏会で緊張するはずは、本当はない。音楽を自分のものにできるまで練習するか、考えるかすれば緊張する必要はない」
N先生「一つのことができないうちに先に進んではいけない。まず、一つの音が本当に美しい音でできるように練習をすること。それができて初めて次に進める」

これはある意味真反対のことを言っている。今のジュニアにはN先生の言葉のほうが適確だと思う。ただ、「本当に美しい」かどうか判断すること自体が難しいという矛盾もはらんでいる。そう、音楽をやるためにはそういう矛盾をいろんな努力で解決するしかないのだ。
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2007年08月18日

ジュニア本番前日

明日はいよいよ鳥取ジュニアオーケストラの本番である。
今回は弦のみの編成(チェンバロは入る)。

曲はこんな感じ。
アンダーソンのブルータンゴとそりすべり
早川正昭先生の「日本の四季」の「冬」
ヴィヴァルディの四季の「冬」
ダニーボーイ
ふるさと
ラフのカヴァティーナ
モーツァルトのディベルティメントK136
アンコール

今回こそは本当に仕上がりが危ぶまれた。ていうか仕上がってないかも。
それでも夜9時過ぎ、最後の練習のあたりには、団員も体温が上がってそれらしい音楽になってきた。

というわけで、鳥取近辺の方は、14時、県民文化会館の小ホールにお越しくだされ。
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2007年08月16日

パンク未然防止

帰り道、車を運転していて、どうも周期的な怪しい音がする。音の周期は、速度と同調して早くなったり遅くなったりするし。以前のこと(http://takmusik.seesaa.net/article/32054959.html)があったので、これはやばいかも、と思ったんだが、腹は減ってるし暑いし暗いし、エンジンの調子が悪いせいかもしれないし、なんて思って、とりあえず引き上げた。

夜になってどうにも気になってしょうがないので、先ほど懐中電灯とキーを持ってチェックしに行ってきたら、案の定、ねじが刺さっていました(写真撮っとけばよかった)。取り外しても空気の抜ける音はしないので、深い傷ではなさそうだ。
前回は左後輪だったけど今回は右後輪。どうも前輪が跳ね上げたモノが後輪に刺さるらしい。

前回のパンクのあとのタイヤ交換で、タイヤの具合を念入りに調べたときに思ったんだが、今付けているPOTENZA RE050Aのようなハイグリップ系タイヤってのは、コンパウンドがとても粘っこくて、石とかを吸着しやすく、いったん取り込んだら離さないような構造になっている。だから、刺さったものが自然に外れるということは少なそうだ。つまりグリップのいいタイヤはパンクしやすいのではなかろうか。
パンクした車を見ることは案外多く、スペア用のほっそいタイヤを付けている車やら、路肩でタイヤ交換している人やら、10日に1回くらいは見る。

車に乗る方、周期的な鈍い音は要注意ですぞ。タイヤに石とか釘とか刺さってるかも。
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2007年08月15日

めぞん一刻再読

maisonikkoku.JPG

最近「めぞん一刻」が新装版として復刻されている。内容はほとんど覚えているので買わなくてもいいはずなんだが、それでもついついふらふらと1〜3巻を買ってしまった。
2巻までは画質が安定する前の執筆なのだが、今読んでみるとまったく違和感はない。
また、登場人物のキャラクタライズが1巻の時点でほぼ完璧に成されていることも驚きである。特に四谷氏。彼の立ち位置は絶妙だ。

改めて読んでみると、その台詞回しの洒脱さに感嘆してしまう。スピリッツ初期の連載であり、月刊および隔週刊の頃だから、構想に時間を取れたのかもしれない。
あくまでも場面場面で登場人物が即興的にしゃべっているかのようなせりふがどんどん出てくる。
三鷹が一刻館に登場する場面で、
「三鷹です」
「四谷です」
「五代です」
と、「順番に」自己紹介するところとか。この時点で二階堂は登場していないし、朱美の名字も明かされていないので、連番になるのはこの三人だけなのである。

ちなみに、何でめぞん一刻を買うのを避けていたかというと、ノスタルジーに耽り、現実逃避してしまいそうだから。やっぱり読むんじゃなかった。といいつつ全巻そろえてしまうだろうな。

奥付を見ると、第1話がスピリッツに掲載されたのが1980年11月号とのこと。四半世紀以上も前なのか。わたしがはまってたのが中学生の頃だから、時間も経つよな。でも、内容が古びて見えないのはストーリーの根幹が「普遍的」なものであるにしてもたいしたものである。
posted by tak at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

復活

shanshann1.JPG shanshan2.JPG

っていう言葉を見ると脳内に自動的に「ジャアーーーーーー、ザガザガザンッ、」とマーラーが鳴り出してしまう、なんてことはどうでもいい。

広報誌の校了がお盆進行のために1週間早まった上に、急に4ページも増えることになって、激務の1週間で、とても自分のための文章を書こうなんて気が起きなかった。
まあ、文章と言っても広報誌のはひとが作った文章をマックに打ち直して、小奇麗にデザインするだけなんだが、「小奇麗」なんてことは、はまるたちなので、やりだすときりがない。
しかも11日は鳥取しゃんしゃん祭の表紙写真用撮影で、6時間カメラを持って走り回った。

というわけでようやく今日になって心の平穏が得られ、こんな駄文も書けるようになった。

しゃんしゃん祭はこれまで夕暮れ時の3時間だったのが、熱射のさなかの3時から9時まで。踊り子さんも大変である。
それを追いかけて写真を撮ったのだが、2人で1000枚くらい撮って、それなりのできの40枚くらい選び、その中で単独で表紙に使えそうなのが4枚くらい。
私の撮った2枚は絵画っぽくて、もう一人の人のはバラエティっぽい。おそらくもう一人の人のが選ばれるだろう。

写真を撮る面白さと、基本的な力のなさを強く心に刻んだ1日であった。
posted by tak at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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