2008年08月31日

鳥取熱狂の日第2日 のだめコンサート

20080831nodame.jpg

鳥取プロオケ連続公演その2。NHK交響楽団オーボエ奏者の茂木大輔氏が企画・解説・指揮する「のだめカンタービレ」の音楽会。オケは広島交響楽団。

曲目は以下のとおり。
ロッシーニ:ウィリアム・テルからスイス軍の行進
モーツァルト:2台のピアノのためのソナタニ長調K.448
 ピアノ:プリムローズ・マジック
モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調K.314より第1楽章
 オーボエ:古部賢一
ジョリヴェ:バソン協奏曲より第2楽章Largo cantabile
 バソン:小山清
ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー(初演版に基づきピアノ2台とピアニカ入り版に編曲)
 ピアノ:プリムローズ・マジック
 ピアニカ:吉田絵奈

ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68

<アンコール>
ベートーヴェン:交響曲第7番の第1楽章と第4楽章をくっつけた超短縮版
ストラヴィンスキー=富田勲=プリムローズマジック:ペトルーシュカの今日の料理
プーランク:ピアノ、オーボエ、バソンのためのトリオから第1楽章

最初に言ってしまおう。
今日の公演において、茂木大輔は指揮者として何もしていなかった。コンチェルトが多い前半は何もしなくてもよいのだが、ブラ1は何かするだろうと思ってたら、何にもなし。もちろん、パウゼの後の出をちゃんと指示するとか、当たり前のことはしているのだが、インテンポの場面では指揮棒を上下するのみ。それでもオケはそれらしい音楽を演奏する。インテンポでも楽想が変化する曲面では指揮者が積極的に表情を変えたほうがいいのに何もなし。クレンペラーの60年代の演奏みたい。
あえてポジティブにこの現象を考えると、
(1)リハでやりきったので本番ではやることがない
オケも初めてであろうジョリヴェのコンチェルトでオケがいい音がしていたのでそうかもしれない。でも、ブラ1はもっとがんばる余地があるから違うだろう。
(2)指揮者が何もしなくてもオケがちゃんと演奏してくれることを身を持って表現した
そうであったとしても残響の少ないホールでは広島交響楽団の実力も発揮できず。説得力のある表現にはなっていなかった。
というわけで、昨日の西本嬢のほうがまだ指揮者らしく見えた、という恐ろしい結果に。オーボエでの音楽性は万全なのに、難しいものですね。

プリムローズ・マジックさんはもっと修行が必要そうです。ペトルーシュカはマジなのかギャグなのか分からんくらいボロボロに始まって怯えました。

オーボエの古部さんは演奏もたたずまいも王様のような振る舞いでオーボエという楽器にぴったりですね。素晴らしい演奏です。たまに指が引っかかったのか装飾音符が処理しきれないのか分からないよれよれしたところもありましたが、問題なしです。
バソンの小山さんは背筋の伸びた音楽で素晴らしいです。楽器の機構上特定の音が鳴りにくくてまるでミスしたように聴こえますが、あれはどうしようもないでしょう。お客さんがミスと思わなければいいのですが。

最後のプーランクは最高の演奏でした。あの巨大な米子のビッグシップにきちんと音が響き渡っていました。

演出に関しては、スライドで漫画を投影していたりして効果的だった。しかし、あの気宇壮大なブラ1を単に「クララへのラブレター」として読みきってしまっていいものだろうか。知らなきゃよかった、みたいな感じ。
トータルでみると、不遜ながら「私ならもうちょっと上手くできる」という感じです。スライドで曲解説をする効果は抜群ですが、専門用語が多すぎてもっと分かりやすい表現をめざさないとダメでしょう。

満足度80点。ジョリヴェとプーランクが多大な貢献をしました。以上。
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2008年08月30日

鳥取熱狂の日第1日 大阪フィル

なぜか鳥取でプロのオーケストラの公演が3日間続くことになってしまった。

30日はその第1日、大阪フィル。
曲は、チャイコフスキーのロメオとジュリエット、くるみ割り人形からトレパーク、こんぺいとうの踊り、はなのワルツ、メインにシェーラザード、アンコールにハンガリー舞曲第5番。

やはり大阪フィルはいいオケだ。ロメジュリとくるみ割りは、最大公約数的な解釈ではあるが、それで充分。くるみ割りはちょっとバラけ気味。

シェーラザードではコンマスの長原幸太氏が大活躍。見事なソロはもちろん、演奏しながら金管にキューを出すさまも見事。オケの求心力を見事に作っていた。ファースト・ヴァイオリンがイニシアチブを発揮できない場面(2楽章とか)で音楽が停滞気味になるのは、もったいない。

シェーラザードで、オーボエがソロを吹いたとき、「あれ、どこかで聴いたことがある人だ」と思ったら、そういえば先ごろ大学オケの先輩の大森悠さんが就任されていたのを思い出した。座った席の関係で顔が見えなかったのだが、間違いない、と思って聴いて(見て)いたらやはり間違いなかった。なんというか、可憐ではかなげで、ふと風が揺らぐような音楽。シェーラザードのエキゾチズムにバッチリ合ってます。そういった個性は大学生のときからそのままで、フォルテはもちろんピアニシモでもよく響く音に進化していました。終演後にあいさつできました。

あー、そういえば指揮者を書くのを忘れてましたね。西本智実氏です。以上。ではつれないので少しだけ。
子供の質問でよく「指揮者って何をしているんですか?」というのがあるが、この演奏を前にそう聞かれたら、私はどうこたえていいかわからない。「あー、指揮者なんて飾りです」とか言ってしまいそう。その文字通りの意味で西本氏は多大な貢献をした。梨花ホール2000席が満席になったのだから。オフレコ話もいくつかあるが、ここでは書かない。知っている人は知っているし。以上。
posted by tak at 21:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 聴いた音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

グッドオールの「マスターシンガーズ」

goodall_mastersingers.JPG

にわかグッドオールファンの私としてはやはり買わねばなるまい。レジナルド・グッドオールが真のワーグナー指揮者として全英に名を知らしめた、リヒャルト・ワーグナーの「ナレンベルクのマスターシンガーズ」。英語版だからこれでいいかな。

とにかく遅い。私が持っている他の全曲盤は、1962年のロヴロ・フォン・マタチッチとトリノ・イタリア放送響(イタリア語版)が255分14秒、サー・ゲオルク・ショルティとシカゴ交響楽団(ドイツ語版)の255分26秒で、いずれも標準的なテンポなのだが、このグッドオール版は292分46秒。
だが、これが心地好いのだ。気持ちよい風呂にゆったりと使っているような居心地の良さ。英語によるおっとりとした歌唱であることもそれを助長している。
それにしても、このオーケストラのドイツ的な音は何なんだろうか。山崎浩太郎氏著の「クライバーが讃え、ショルティが恐れた男【指揮者グッドオールの生涯】」(クラシックマニア必読!)によれば、プレミアの日までにわずか4回ほどの練習しかなかったようだ。収録されたのは4回目の公演。おそらくこの機会が始めてのマイスタージンガーであろう団員たちがこれだけの練習と本番でこのワーグナーらしいワーグナーを演奏してしまうというのは、グッドオールの音楽的オーラがいかばかりであったか。映像でみてみたい。歌手たちも魔法にかかったように素晴らしい歌を歌っている。
もちろん観客も興奮していて、各幕とも、演奏が終わらないうちに拍手が始まってしまっているし、それがほほえましいと思えるだけの演奏である。
残念ながら音はモヤモヤだし、音像は揺れる。だけど、グッドオールの奇跡の前にはあまり障害ではない。

生前は晩年のわずかな時期だけ注目を浴びたこの指揮者が、少なくともこのマスターシンガーズとトリスタンだけででも、ワーグナー指揮者として後世まで語り継がれるであろうことが、このマスターシンガーズの発売で保証されたことは、我が事のように嬉しい。

しかし、この真にドイツ的な作品を指揮者もオケもドイツ人以外の演奏ばかりで持っている私もどうかと思うな。ちょうど同じ1968年のバイロイトの、カール・ベームの指揮によるマイスタージンガーが発売されたばかりだが、こういうのを本当は聴くべきなんだろうかなあ(でも買う気なし)。


Richard Wagner
The Mastersingers of Nuremberg

Hans Sachs: Norman Bailey
Veit Pogner: Noel Mangin
Sixtus Bechmesser: Derek Hammond-Stroud
Walther von Stoizing: Alberto Remedios
David: Gregory Dempsey
Eva: Margaret Curphey
Magdalene: Ann Robson
Nightwatchman: Stafford Dean

Sadler's Wells Opera Chorus
Sadler's Wells Opera Orchestra

Reginald Goodall

1968.2.10, Sadler's Wells
BBC/CHANDOS

2008年08月25日

いろいろな立場でチェロを弾く

23日は鳥取ジュニアオーケストラの第12回定期演奏会。
メインはベートーヴェンの交響曲第8番。そのほか、モーツァルトのディベルティメントK137とかの弦楽合奏曲。
結果としてはいい音が出ているんだが、エキストラの市響・鳥大の皆さんのおかげという面が強い。ジュニアの子供たちがどれだけそれに気が付いただろうか。ただ、チェロは子供が4人と僕だけなので、あまり頼りにならなかったかも。
ベートーヴェンの8番は今回初めて弾いたが、譜面ヅラがとても難しい曲で、弾いてみれば弾きやすいという不思議な曲だった。
この曲は案外とチェロパートが高い音でメロディを弾くところがあって面白い。

24日は、11月29日に行われる鳥取県総合芸術文化祭の「音劇」の関係者顔合わせ。本番ではステージで一人でチェロをソロで弾くことになっていて、演出家の方に試演を見ていただいた。譜読みだけはして、指も決めておいたが、ほぼ初見。なのに、演出家の方には真剣にご指導いただいてめちゃめちゃ恐縮。さらっておけばよかった。
その後、オーケストラの音楽的大先輩のクラリネットの方がチェロを始めたいとのことで、導入のための手ほどき。音楽の基本は私の何倍も備わっている方だから、あまりみっちりと弾いてもらうのではなく、チェロの構え方、左手の形、右手の使い方の、一番大事なところをピンポイントで覚えていただいて、簡単な練習方法を伝授し、あとは自習でお願いすることに。1年後には私より弾けるようになってそうです。
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2008年08月21日

ドホナーニのモーツァルト(とウェーベルン)

dohnanyi_mozart.jpg

なかなか姿を見かけなかった管楽器の協奏曲集が入手でき、ようやくドホナーニのモーツァルトを揃えることができた。
実は、交響曲集は2年くらい前、アイネク+フルート&ハープ+協奏交響曲の方は1年くらい前に入手していたのだが、これらの演奏を表現をする言葉を持っておらず、何も書けないでいたのだ。今回全貌が見えたおかげで、何がしか書けそうな気がして筆を執った次第。
これらの録音のコンセプトを整理しておこう。
・クリーブランドのプレイヤーがソロを執ったモーツァルトの協奏曲集(2枚)
・モーツァルトの後期交響曲集とウェーベルンを組み合わせてみました(3枚組み)

キーになったのはクラリネット協奏曲だった。クリーブランドらしからぬ、と言ってもいいくらい華やいだ雰囲気で始まる序奏、それに続いて温和でビューティフルに振る舞うクラリネット。クラリネットは楽章を追うごとに雄弁になり、それにつれてオケも紅潮してくる。霊感が宿った音楽が聴けるのだ。そう、100点満点で120点と言ってしまいそうな、音楽を超越する瞬間。ただ、指揮者とは関係なしに盛り上がっているように聴こえる。でもいい。音楽がいいんだから。
ダニエル・マジェスケがソロを執った協奏交響曲も別格の風格である。天才だけがなせる業。

これと比べたとき、100点満点の100点の音楽は分が悪い。100点なのに褒めてもらえない。アイネクライネ、40番、41番はそんな感じ。なんか音が湿っぽいし。
30番台の4曲はそれよりも好きな演奏だ。明るくポジティブに人生を謳歌するかのような演奏である。
その他の協奏曲は、私にはやはり100点の演奏に聴こえる。オケのプレイヤーがソロを執ることの難しさが出ているような気もする。
なんて勝手なことを言っているが、モーツァルトを、アメリカの、モダンスタイルのオーケストラでこれだけきちんと演奏できるようにするには、相当な指揮者の牽引力が必要なことは言うまでもない。一流のオーケストラだってぼろぼろの演奏をすることもあるんだから。そういう意味で残念なのは、ピリオド・スタイルの「語る」アーティキュレーションを使える奏者がいないと退屈に聴こえてしまうという私の感受性の変化である。この10年でもう後戻りできなくなってしまった。

さて、この交響曲集でもう一ついろいろと言われるのが、モーツァルトにウェーベルンをカップリングした理由。これはライナーノートにきちんと書いてある。
・どちらもウィーンの時代を画した3人組のひとり。モーツァルトは、ハイドン、ベートーヴェンとともにウィーン古典派を成し、ウェーベルンは、シェーンベルク、ベルクとともに新ウィーン楽派を形成した。
・ベートーヴェンがシェーンベルクなら、モーツァルトはベルク、と見せかけてやはりウェーベルン。完璧主義者という点で共通。
・モーツァルトもウェーベルンも、フーガへのこだわりなど、バッハに密接につながっている。
・ウェーベルンは三人集の中で唯一、指揮者としてモーツァルトの交響曲に密接につながっている。最後の4つの交響曲はそれぞれ1〜4回の演奏記録がある。
なんだかだんだんこじつけっぽくなっていくように感じるのは私だけか?

それはともかくこのウェーベルンの演奏の美しさは尋常でない。すべての楽器がスウィートに音を発し、協和音であろうと不協和音であろうと妙なるハーモニーを奏でている。これが本当にウェーベルンらしいかと言われると、もっとトゲトゲしてていいんじゃない?と言いそうになるが、これはこれで一つの芸術である。


The Cleveland Orchestra
Christoph von Dohnányi


436 421-2
Disc 1
Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.35 in D major, K385 'Hafner'
1990.10, Severance Hall, Cleveland

Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.36 in C major, K425 'Linz'
1990.10, Severance Hall, Cleveland

Anton Webern
Passacaglia, op.1
1992.1, Severance Hall, Cleveland

Anton Webern
Six Pieces, op.6a
1992.5, Severance Hall, Cleveland

Disc 2
Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.38 in D major, K504 'Prague'
1990.2, Masonic Auditrium, Cleveland

Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.39 in E flat major, K543
1990.10, Severance Hall, Cleveland

Anton Webern
Five Pieces, op.10
1991.10, Severance Hall, Cleveland

Anton Webern
Symphony, op.21
1991.5, Severance Hall, Cleveland

Disc 2
Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.40 in G minor, K550
1990.2, Masonic Auditrium, Cleveland

Wolfgang Amadeus Mozart
Symphony No.41 in C major, K551 'Jupiter
1990.2, Masonic Auditrium, Cleveland

Anton Webern
Variations, op.30
1991.10, Severance Hall, Cleveland


443 175-2
Wolfgang Amadeus Mozart

Serenade No.13 in G major, K525 'Eine kleine Nachtmusik'
1991.8, Severance Hall, Cleveland

Concerto for flute, harp and orchestra in C major, K299[297c]
flute: Joshua Smith
harp: Lisa Wellbaum
1993.6, Severance Hall, Cleveland

Sinfonia Concertante in E flat major for violin, viola and orchestra, K364
Violin: Daniel Majeske
Viola: Robert Vernon
1991.5, Severance Hall, Cleveland


443 176-2
Wolfgang Amadeus Mozart

Concerto for clarinet and orchestra in A major, K622
clarinet: Franklin Cohen
1991.10, Severance Hall, Cleveland

Concerto for oboe and orchestra in C major, K314
oboe: John Mack
1992.1, Severance Hall, Cleveland

Concerto for bassoon and orchestra in B flat major, K191
bassoon: David McGill
1993.6, Severance Hall, Cleveland


DECCA

2008年08月16日

ホールに音が刻まれるとき

daiichiseimeihall.JPG

かつて東京のど真ん中に存在した、不思議な立ち位置のホールの、不思議な歴史を描いた本。副題「第一生命ホールの履歴書」である。渡辺和(やわら)氏著。

いつも読んでいる著者のブログで「絶版決定、在庫は裁断処分」と書かれていて、本が裁断されて処分されるなんてそんな悲しいことはあってはならないと思い、即座に地元の本屋さんにオンライン注文した。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-07-30
と思ってたら、絶版撤回だそうだ。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-08-05
でも、くやしくない。面白いから。

私が大学入学で東京に出る直前にホールとしての運用は終わっていたので、その存在すら知らなかったのだが、とても興味深いホールだったようだ。
何が面白いと言って、このホールに関わる人たちの音楽に、文化にかける意気込みの「濃さ」。音楽好きといいながら、私は果たしてそれだけの意気込みを音楽に掛けられているんだろうかと深く反省してしまう。これを読めば、著者が盛んにブログで日本のホールのソフト的運用能力の問題を投げかけている理由の一端がよく分かる。これだけの思い入れがなければホールを文化の拠点として運用することはできないのだ。ただ、問題は、その運用能力の価値判断をできる「権力者」は少ないこと。それくらい無神経でないと「権力者」にはなれないのかもなあ。

後書きにあるように、また、ちょっと想像すればすぐ分かるように、こういった本を書くのは相当面倒なことである。1次資料の入手、膨大な2次資料の分析、それらをコンパクトに流れを作りながらまとめる筆力。見事である。ちゃらちゃらブログを書いてる場合じゃないですよ。もっと本を書いてください。

ところで、このブログの記事で動いた在庫はどれくらいだっただろうか。おそらく30冊くらいではなかろうか。クラシックCDの市場が1000枚前後ということから考えて、「大衆」向きでない本の市場の、ブログによる量的な影響はこれくらいかなあと想像している。
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2008年08月14日

オーケストラの向こう側

musicfrominsideout.JPG

最高のドキュメンタリー映画である。以下ネタばれ注意。

フィラデルフィア管弦楽団の団員たちが、「音楽とは何か」を話し合う。
大作曲家の人生を楽譜を通して眺めること、名曲の名曲たるゆえん、オーケストラの中で演奏する制約とかカタルシスなど。
面白いことに、端々に実演が取り入れられてていて、しかも、ライブやリハーサルだけでなく、この映画のためにフルオーケストラでスタジオ収録したテイクもあるにもかかわらず、演奏自体は脇役である。音質も概して良くない。また、サヴァリッシュ、デュトワ、エッシェンバッハといった大指揮者が出演しているのに、彼らの肉声は一切収録されていないし、アップにもならない。エッシェンバッハのハゲ頭を後ろから撮ったアップはあるけど。指揮者さえ脇役である。
主役は、それぞれのプレイヤーたちであり、彼らが何を考えながら演奏しているか、である。
さて、それで「音楽とは何か」について、この映画の中で答えが出たわけではない。しかも、それぞれのプレイヤーで音楽の捉え方が違うこともある。それでも、「音楽とは何か」について、いつもいつも追い求めているし、「いい音楽とは何か」は「分かる」というようなコンセンサスもありそうだ。言葉にはできなさそうだけど。
結局のところ、「音楽とは何か」を考えるプロセスが音楽自身を作るのだろう。

しかしまあ、なんとも贅沢なつくりである。公開された本編では、ヨーロッパ・ツアーの様子と中国ツアーの様子が出てくるが、ポーランドのシーンが2秒、イギリスのシーンが2秒、上海が一瞬、と言った具合。ソリストとして登場しているラン・ランなんて、ウォーミングアップにピアノをいじくっているシーンだけ。ラン・ランを知らない人が見たら、少年がピアノで遊んでいるようにしか見えない。つまり、ツアーをすることや、特別な能力を持ったソリストの音楽性とかは、ここでは重視していないようだ。オーケストラにとっての音楽とはあまり関係ないからだろう。

ちなみに、特典映像の中に、指揮者について語った項と、ラン・ランとサラ・チャンのコンチェルトの演奏シーンがあるが、これらは確かにカットしてしかるべき内容だろう。指揮者についての項は理屈っぽすぎる。サイモン・ラトルのブルックナーの9番の演奏シーンはある意味お宝だが、ラトルにブルックナーの9番は振ってほしくないと思わせるような演奏である。また、ソリストたちは奔放すぎて、この映画の中に居場所を見出せない。ただし、ラン・ランの演奏するプロコフィエフのピアノコンチェルト第3番を伴奏指揮するサヴァリッシュ(多分2000年)は必見であろう。

脇役であるはずの演奏シーンで心に残ったのが3つ。
ストラヴィンスキーの兵士の物語(多分組曲版)の練習風景では、指揮者なしで演奏する場合、完全に正確なインテンポの音楽の中に音を打ち込んでいくような演奏スタイルで、アメリカとかイギリスの奏者(たまに日本も)の演奏スタイルの原点を見るようであった。

ツアーの途中、ケルンの街頭で、バンドネオン(映画の中ではアコーディオンと言っている)でヴィヴァルディの四季の冬の3楽章を演奏するのを、フィラデルフィア管のメンバー30人くらいが食い入るように見ているシーン。バンドネオンの人はめちゃめちゃ上手くて、緊張するタイプでもなさそうだし、おそらく取り囲んだお客さんがフィラデルフィア管の人だとは知らないんだろうが、その食い入るような視線に客の尋常でなさをを感じて、相当テンションも上がったんだろうなあ、と思って見た。

指揮者は脇役と言ったが、指揮者の名前が一度だけ出る。サヴァリッシュである。ある人には適度な悲しさをもたらしてカタルシスを感じさせ、ある人には過度の悲しさをもたらしてぼろぼろになったという、ある演奏。そこではブラームスの4番の第2楽章が使われているんだが、涙を誘う哀切きわまる演奏であった。

2008年08月11日

花火

20080810hanabi.JPG 20080810hanabi2.JPG

8月9日と10日は、鳥取しゃんしゃん祭の取材で、写真撮影。疲労困憊。
10日は、取材のついでに花火を見た。ついでに写真を撮ってみたら、下手すぎ。花火を撮ってるんだか煙を撮ってるんだか分からんような写真。後者はまるで恒星の爆発みたいな訳分からん写真になってしまった。
某パチンコ屋さん、BGMにリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」を使ってましたが、素敵です。もう一つの某パチンコ屋など総合産業の方も、エヴァンゲリオンの主題歌「残酷な天使のテーゼ」。これも素敵。しかも花火は格段に派手で素敵!花火がいいという一点だけで、パチンコ等産業の存在意義を強く認めます!
タグ:日記 花火
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2008年08月08日

Molto Buono

鳥取市内で車に乗る人ならもう目にしていることでしょう、丸山交差点の生パスタの店。行って参りました。
正式名は「具だくさん 生パスタのお店 Molto Buono モルト・ボーノ チャオ丸山店」。イタリア語あってる?
どうもチェーン店らしいんですが、鳥取でない皆さんのお近くにはありますか?

同行人と二人でシェフサラダ、ベーコンと生バジルのトマトソース、ベーコンとクリームチーズ乗せジェノベーゼソース、バターバゲット、グレープフルーツジュース、赤いオレンジジュース。〆て3558円。

で、どうだったかと言うと。
一口食べて、美味しい、だけど満腹中枢が働いて、妙におなかが張る。パスタ半分食べた時点で、お腹一杯感。オリーブオイルのせい?バジルのせい?これがまた不思議なことに、私だけでなく同行人も同じようにお腹が張ったようで。

結論。美味しいけど少なめに頼まないと食べきれない。
今でもお腹が張ってます。
タグ:ごはん
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2008年08月06日

アルファ・ロメオ完調

alfa_20080805.JPG

http://takmusik.seesaa.net/article/91526028.html
このときに書いていたリモコンドアロックの不備が、ようやく解決できた。

5月ごろに山本自動車にお願いして、新品のリモコン付きキーをイタリアに発注した。
ようやく先週になってそれが日本に到着し、古いキーと合わせてイモビライザーの設定などをやり直して、キーとして使えるようにしてもらった。

今日(8月5日)引き渡してもらったところ、
(1)新品のキーは当然リモコンも動作するし、エンジンもかかる。
(2)古いほうの一つは、リモコンもきちんと動作するようになったし、エンジンもかかる。
(3)古いほうの一つはボタンが壊れているので、使わない。
という説明を受けた。(2)を聴いて、「ほう、やればできるもんだ」と思ったのも束の間、5時間ほどしてまたリモコンでロックをあけようと思ったら、もう(2)のリモコンが効かなくなっている。なんでたった5時間で使えなくなるんだ?さすがイタリアの工業製品は生き物だ。賞味期限が短い。

でもまあ、仕方がない。(1)の新人君にがんばってもらおう。
新人君は、デザインがふっくらと大きくなって、持った感じがもっさりとするが、まあ慣れるだろう。
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