2008年09月29日

サラリーマンNEO第3シーズン終了

サラリーマンNEO終了.JPG

NHKの中で最高の番組(???)である、サラリーマンNEOの第3シーズンが終了した。
思えばこの半年間は、いつになくテレビを見た。
市役所に関係したドラマである「モンスター・ペアレント」と「Tomorrow」、好きなマンガのドラマ化である「あんどーなつ」。そしてこのサラリーマンNEO。と並べても、何の関連もないんですがね。というより、これを読んでいる人は誰も見てない番組かもしれませんね。
ドラマの方は、まあそれなりなんですが、このサラリーマンNEOは最高でしたね。なんというか、サラリーマンの生態の、ある意味ありがちな部分をあぶりだすと、相当おかしげなことになるというタイプのコントと、ありえない設定がリアルに描かれていて「ありえねー」と笑ってしまうタイプと、それぞれ笑わせてもらいました。

出てくる俳優がまたビッグネームも多くて、それがまた面白い。最後には草刈正雄まで出てきましたよ。

今後の復活を望む声もあるようですが、コントという性格上「より面白く」を永遠に続けることはできないし、もうこれ以上いいんじゃないかと思うので、DVDで発売してくれればそれでいいですよ。NHKさん。
タグ:日記
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2008年09月26日

占いの一種をやってみた

マイmixiの友人に釣られて、やってしまった。誤植の多い文章と、不可思議な選択肢と、妙に多い質問にめげそうになりながら、ナンとか最後まで行きました。まあ、占いというものは、たいてい当たっているように感じるものです。
1問ずつに1文が対応してそうな、シンプルなアルゴリズムっぽいですなあ。


血液型ゲノム
http://blood-genome.com/index.html

inoueさんの診断結果

真面目なO型

真面目で責任感があり誠実、良い人です。
真面目度: ★★★☆☆
マイペース度: ★★★☆☆
お調子者度: ★★☆☆☆
不思議度: ★★★☆☆
CHARACTER 性格
相手よりも上の立場にも下の立場にも振る舞うことができます。無駄使いをせずに必要な物だけを手に入れます。淡白ですね。自分のことは自分でやるという信念を持ちます。なかなか他人に理解され難い人で、あなたのことを好意的に理解してくれる相手は貴重な存在でしょう。他人に何か頼まれるとイヤとはいえない性分です。向上心をもって常に伸びようとします。また自分の考えや行動に自信を持っており、自己中心的なところがあります。ちょっとずるいところがあります。
WORK 仕事
押す時と引く時がはっきりわかれる動きをするでしょう。他者とは一線をおいて付き合い、プライベートを大事にします。尊敬できる上司や社長を求めます。プラスのあるほうに行動します。責任感が強く自分の信念があり、また論理的な結論を常に求めます。
LOVE 恋愛
臨機応変に相手の女性に合わせて行動します。また、温和で無難な付き合いを望んでいます。毎日一緒にい過ぎるとマンネリ化します。相手の女性を尊重します。お互い成長し合える関係を望みます。相手の女性に誠意をもって接しますが、空気の読み合いのようになることがあります。相手と繋がりたいという気持ちが強いです。
タグ:日記
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2008年09月24日

鳥取市交響楽団の練習など

23日は祝日を1日練習に費やした。
祝日だけあって、また1日練習だけあって、かなり大人数の練習になり、いい音であった。
延べ人数では、Vn1が7、Vn2が10、Vaが5、Vcが2、Kbが3、Flが4、Obが2、Clが4、Fgが2、Hrが5、Tpが3、Tbが1、Tubが1、Pianoが1、Percがたくさん。

午前中にまずはコリオラン。
チェロにはスラーのアルペッジョとスタッカートのアルペッジョと、めちゃめちゃ大変なところがあって、ウォーミングアップができてない状態では全然指が回らず。泣きそうである。
次にグリーグの抒情組曲。人数がいるといい雰囲気になるねえ。1曲目の羊飼いの曲とか、うるうるしそうになった。

午後はショスタコーヴィチ。
県民文化会館(今はとりぎん文化会館と呼ぶべきですが)のリハーサル室は、無響室ぽい(入ったことないけどね)ところがあって、音が出た端から吸い込まれる気がするんです。この大人数でもぜんぜん迫力が出ないです。ヤバイです。ここで散々練習してホールにいったら響きすぎて聴き合えない、というのが毎年恒例なんだけど、やっぱり練習しづらい会場ですな。逆に、ここで上手く演奏できればどこに行ってもうまくできるはずなんですがね。
ソロがずいぶん捕まってましたが、それ以外の問題が解決していかないのが不安です。

最後にアンコールのXXXXxXXのXXXXXxXXxXから1曲。これはヤバイねえ。でもテンポの問題じゃあないかなあ。もうちょっと速ければいろいろ誤魔化せて曲になると思うんだが。

例年だと、これくらい集まった練習だと「これなら大丈夫」と思うもんだが、今回は「これで大丈夫?」でな感じでしたなあ。
それを見届けに10月12日は梨花ホールにおいでくださいませ。午後2時開演です。もちろん今年もレクチャー付きですよ。
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2008年09月19日

秘技、廃盤検索!

誰もが一度は思う悩み。「あの曲ってどんな録音が出てたっけ」とか「あの曲の入ったCD、廃盤になったけどほかにどんな曲が入ってたか調べたい」。HMVがある程度解決してくれます。

ご存じのとおり、HMVのオンラインショップの検索機能は非常に充実してますが、普通は入手可能な商品しか表示されません。ところがなぜか、ある方法をとると、廃盤のディスクも表示されます。

題材に「プロコフィエフのロメオとジュリエット第3組曲」をとってみましょう。即座にすべての過去の録音が思い出せるアナタには必要のない情報ですがね。
http://www.hmv.co.jp/news/index.asp?category=1&genre=700&style=0
まず、クラシックのトップ画面、真ん中らへんの四角いブルーの「Search」というボタンをクリックします。
次に、「作曲家」の「フ」をクリックします。
バグのせいか「ハ」と「ヒ」しか表示されませんが、あわてず、すかさず上のほうにある「フ」をクリックすべし。
たくさんある中にプロコフィエフの項もあり、著名な人なので作品名として「ロメオとジュリエット」も表示されますが、これを選んではいけません!
必ず「⇒詳細作品リスト」をクリックすること!
ジャンル別にタブがあるので、「Orchestral」をクリック。
「Romeo and Juliet, Suite No. 3 for orchestra, Op. 101」をクリックすれば、あーら不思議。廃盤のディスクも含めて、HMVのサイトに登録されたことのあるディスクが表示されるのです。チェクナボリアンの録音があったなんて覚えていましたか?

ただ、もちろん過去に発売されたすべての商品が表示されるわけではありません。あくまでもHMVが登録した商品です。例えば、この第3組曲には確かリボル・ペシェクの録音(チェコ・フィル?)があったと思うのですが、表示されませんでした。

ここまで読んで「まーったく使い道がない!」と思ったあなた。ご安心ください、あなたはオタクではありません。よかったですね。
それと「クラシック以外はどーなんだ!」と聞かれても私には興味のない分野ですので答えられません。悪しからず。
タグ:HMV
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2008年09月17日

ネーメ・ヤルヴィ70歳のお誕生会

jarvi_70thbirthday.jpg

70歳のお誕生日にコンサートを開かせてもらえる。
3人の息子・娘とともに。
しかもそれがDVDとして発売される。
こんな演奏家がいるだろうか?
ネーメ・ヤルヴィの今の境遇は本当に恵まれている。

DVDとして発売されたのは、演奏された曲が珍しく、ほとんど全部がDVD初レパートリーだからということもあるかもしれないが、リストのファウスト交響曲をDVDで発売して商売になると考える人は少なかろう。やはり、ヤルヴィ親子の力である。

演奏はいずれもエストニア国立交響楽団と同男声合唱団、2007年5月26日、タリンのエストニア・コンサート・ホールでのライブ収録。

ヴィレム・カップ 北の海岸 (Villem Kapp: Põhjarannik (North Coast))
ネーメ・ヤルヴィの指揮。
オケ伴奏の勇壮な男の歌。ヤルヴィの合唱方面での活動はよく知らないが、これはいい。合唱団のレベルの高さゆえだろう。

ヴェリョ・トルミス 三つの素敵な言葉 (Veljo Tormis: I had Three Beautiful Words)
マーリカ・ヤルヴィのフルート、ネーメ・ヤルヴィの指揮。
フルート・オブリガートと無伴奏男声合唱という、なんとも素敵な編成。ころころ転げまわるような、なんともかわいらしい曲である。マーリカはびっくりするくらい上手いし音もきれい。なんでもっと有名になってないのだろう。

ヤン・シベリウス フィンランディア (Jan Sibelius: Finlandia)
一族の大スター、パーヴォ・ヤルヴィの指揮はこれ1曲。
男声合唱つきのバージョン。これまで聴いたあらゆるフィンランディアの中で、音楽の構築具合がもっともハマった名演である。特に序奏の部分のダイナミクスの細かい設定がツボにはまる。エストニアの人にとって必ずしも「自分の」曲ではなかろうが、同じような被抑圧者としての共感がにじむ。

ヘイノ・エラー フルートと弦楽のための3つの小品 (Heino Eller: Three Pieces for Flute and String Orchestra (Orch. by Charles Coleman))
マーリカ・ヤルヴィのフルート、クリスチャン・ヤルヴィの指揮。
元はピアノ伴奏なんだろうか。フルートの人にも弦楽合奏団にも、素晴らしいレパートリーが一つ増えた。本当にかぐわしいばかりに花が咲き誇るような、華やぎと安らぎに満ちた曲である。

カール・ニールセン 「アラディン」組曲から3つの楽章 (Carl Nielsen: Three movements from the Aladdin Suite)
クリスチャン・ヤルヴィの指揮。
これはDGにネーメ・ヤルヴィも録音してる。どこを取ってもエキゾチックでちと品がない音が鳴る曲で、もっと有名になってもいい曲だと思う。
クリスチャンの演奏は、パパ・ヤルヴィと同じ下品丸出し系でよろしい。ただ、指揮振りはちょっとくねくねしてて気持ち悪いんだよなあ。最近ウィーン・トンキュンストラーのオケの常任指揮者だか音楽監督だかに就任してフランツ・シュミットの7つの封印を有する書なんかを録音して上り調子だし、がんばってほしい。来日公演が名曲プロなのは致し方ないが。

フランツ・リスト ファウスト交響曲 (Franz Liszt: A Faust Symphony in the three character studies)
ネーメ・ヤルヴィの指揮。
ネーメは、この曲がやりたくてこのコンサートを開いたのでは?今どきこんな曲を商業用録音させてくれるレーベルもなかろう。
中学生のときに聴いたきりだから、一度聴いたくらいでは全然曲が分からない。と思ったらこれはワーグナー大好き!って言ってるような曲なんですな。リングとか、パルジファルとか、ワーグナーがこだまのように聴こえて。
パパ・ヤルヴィも確かに一度はやりたいと思うような大きさを持った曲だ。エストニアのオケがこの曲をやったことがあるとは思えないけど、十分に咀嚼しきった、熱のこもったよい演奏であった。観客総立ち。

なんともほほえましいコンサートであった。
タグ:ヤルヴィ
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2008年09月15日

オケ練習の日第2日

9月14日は、昨日に引き続き、朝9時半から午後2時半まで米津記念オーケストラ(鳥大OBオケ)の練習。
昨日より楽器は鳴るようになったけど、体がぼろぼろで集中力も落ちていろいろ問題あり。
それでも、練習をすればするだけ、ショスタコーヴィチらしい、ブラームスらしい音になる。

午後3時から5時までは、公式の(?)鳥大OBオケの練習。大学祝典序曲。
新倉建先生の指導はとても面白かった。作曲家らしい、曲の構成というか音楽の「必然性」からここはこうあるべきということをきちんと指摘していただける。これもまた人数は少ない割りにそれっぽい音はしていた。でも、音程がなあ。

午後6時から9時過ぎまで、鹿野ミュージカルの練習。どんだけ練習好きなんだ、って感じだが、全参加した人は私以外にも2人いるんです。
今年の演目は「鹿野の蒼白い夜」。私が鹿野ミュージカルに始めて参加したときの曲で、感慨深いものがある。
鹿野ミュージカル初参加のメンバーも多く、鳥取の偉大な作曲家、上萬雅洋氏の個性になじんでいない人もあるが、それでも練習を重ねるうちにそれっぽい音になってくる。たいしたもんだ。

昨日と今日参加した練習で思ったのは、アンサンブル能力の高い人が案外と多いこと。ちゃんとほかのパートのことを気に掛けられる人がそれなりにそろっている。
ただやっぱり難しいのは、相対音感と絶対テンポ感が薄いこと。絶対音感は特に必要ないけど、これらはオケで演奏する必要条件だろう。ブラームスで細かく転調していくときに、きちんと調の変化を追っていくことができるか。ショスタコーヴィチのように調性の薄い部分で、ハモらない音でも相対的に合わせることができるか。複雑な部分で音符の複雑さと切り離してテンポを制御できるか。これができればアマチュアオケでも楽しめるものである。
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2008年09月14日

オケ練習の日第1日

9月13日は米津記念オーケストラ(鳥大OBオケ)の練習日。
日本全国から鳥取に駆けつけたメンバーと鳥取在住の皆さんで、ショスタコーヴィチの交響曲第9番とブラームスの交響曲第1番の練習。

鳥大OBでない私も仲間に入れてもらって、楽しく練習し、夜には焼き鳥の「吉兆」で飲み会。そこで思ったんだけど、「個性」は変わらないね。鳥大フィルの定期にはほとんど毎年エキストラで出させていただいているで、歴代の「個性的な」面々はすべて把握しているんだが、そいつらの個性は全然変わらない。いい意味で。でも、社会性という面では、ちゃんと進化している。いい意味で。本当に頼もしいことである。来年のゴールデン・ウィークに向けて、一緒にがんばりましょう。

さて、曲について思ったこと。

ショスタコーヴィチの交響曲第9番は、前作の8番と違って、完全に「仮面」をかぶって書いているようだ。弔いの「そぶり」、喜びの「そぶり」。一切心はこもっていない。曲に心がこもっていないという意味でなく、心がこもっていないさまを曲で表現している。初演時は客席はいろんな意味で相当ざわざわしたんだろうなあ。

ブラームスの交響曲第1番は、ベートーヴェンの5番の引用とか、クララ・シューマンへの思いとか、先日「のだめカンタービレのコンサート」で見せてもらった演奏に並行した曲解説スライドのままの曲であり、それ以上ではないのだろうなあということを思った。それ以上に、ごちゃごちゃした部分は、音響的に隙間が出ないようにごちゃごちゃいろいろ書き込んだだけじゃないかなあなんて思ってしまった。結果的に、演奏してて熱くなってしまうし、聴いてても熱くなってしまういい曲なんだけど、「崇高」とか「壮大」とかっていうのは、結果的にそうなっただけだったりして。だから、結果的にいい曲になったし、勘違いして壮大に演奏していたりするのかもしれないけど、それはそれでいいんじゃないかと思う。いい曲だし。
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2008年09月13日

ヴェルザー=メストのブルックナーの9番

welser-moest_bruckner9.JPG

オタク的に音楽を聴くようになると、ついつい演奏スタイルを類型化してしまうようになる(演奏スタイルなどといっている時点ですでに類型化が始まっているとも言えるが)。
フランツ・ヴェルザー=メストが、自らが率いるクリーブランド管弦楽団との楽旅で、ウィーンの楽友教会大ホールで行った公演の映像である、ブルックナーの交響曲第9番。

実は、この演奏を聴くにあたって、情報が3つあった。
・大学時代の友人が楽旅前のクリーブランド公演で同じ曲の演奏を聴いたレポートを読んだ。
「子供が泣き出すぐらいの迫力」
・よく読んでいたウィーン在住のホルニストのブログでこの公演のことが紹介されていた。
http://ausdrucksv.exblog.jp/6742524/
「ブルックナーの音楽に内在するドラマ性(というと語弊があるな…、ウゥーン、精神性??)、を徒に誇張することなく、もっと違う部分に光が当たった演奏」
・レコード芸術9月号の海外盤試聴記で、吉村溪氏がこの演奏を紹介している。
「より激しく闘争的なイメージ」

そういう情報を頭に入れつつ、聴いていて最初に思ったのは、「ああ、これはヨッフムとベルリン・フィルの演奏に似ているな」ということ。すぐに既存のイメージに押し込めてしまったのだ。そしてまた「もう一つ似た演奏がある。ヨハネス・ヴィルトナーとヴェストファーレンのオケの演奏だ」と。実は、この2つの演奏、苦手なタイプの演奏と思ってしまって1度しか聴いていなかった。

今回改めてそれぞれ聴いてみたのだが、なるほど、類型化してしまった理由、そして苦手と思ってしまった理由が分かってきた。
いわゆるブルックナーらしい演奏というのは、テュッティを「ゥワーン」と鳴らすものが多いのだが、これらの演奏は「ワーン」とか「バーン」とかいう発音が多い。もったいぶることなく、また無用なルバートがなく音楽が進んでいく。

だが、こういう類型化では捉えきれない解釈、そして既存の情報だけでは表現し切れていない何かがあるはずだ、ということがずっと気になっていた。それは、すぐに分からなかった。
おそらくこういうことだろう。
ブルックナーの9番(4楽章完成版)を、鳥取で、フィリップ・ヘレヴェッヘ教祖様の指揮するロイヤル・フランダース・フィルの演奏で聴くという非常に貴重な機会があったが、その時はこの曲を「神々を描いた叙事詩」として感じてしまった。ハイティンクとシュターツカペレ・ドレスデンの8番でも同じようなことを感じた。つまり、やりようによってはこれらの曲は、演奏会形式のオペラみたいに聴かせることもできるのだ。しかし、ヴェルザー=メストはそういうことはしたくないのだろう。整然とした音響を着実に積み上げていくこと、音響や音楽がふやけないように発音をコントロールすること、その中で歌を表現すること。それによって、音楽の持つドラマは手段としてではなく結果として表現される。アーノンクールのようなアプローチ?

ところが、この演奏では妙に闘争的に聴こえるために狙いがはっきり聴き取れない。理由は二つあると思う。

一つは音質の問題。この映像の音質はあんまりよくない。多分、あまりに音が大きいので、響きで混濁しないように響き成分をカットしまくっていることが原因だろう。そのせいで、この演奏のよさが最初はなかなか分からなかった。

もう一つは、この演奏がかもし出すこの不思議な緊張感。おそらく、単純に、指揮者も奏者も緊張しているんじゃなかろうか。いつだかもベートーヴェンのミサ・ソレムニスとか演奏しているし、ウィーンに、このホールに慣れてないということはなかろう。しかし、やはりウィーンでブルックナーを演奏するということは、相当なプレッシャーだと思う。しかも、公演が1日しかないのに映像撮りが決まっていてミスするわけにいかない。そんな外的要因によるピリピリ感が演奏からなかなか払拭できない。

ところで、なぜかこの演奏からは妙な懐かしさを感じてしまうところがあった。私がこの曲を聴き始めたのは、マタチッチ指揮のウィーン響の演奏とシューリヒト指揮のウィーン・フィルの演奏で、いずれも自分で買ったLPである。特に第2楽章のトリオなど、あのなんともくつろいだ雰囲気。それがこのヴェルザー=メストの演奏からも感じられたのだ。彼もやはりオーストリアの人。それが自然に式に現れてしまうのかもしれない。あるいは、これらの演奏を聴きこんでいるためかもしれないけどね。

The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst

Anton Bruckner
Symphony No.9 in D minor
Großer Musikvereinssaal, Vienna, 31 October 2007
medici arts

2008年09月08日

ポニョを見た

今さらながら「崖の上のポニョ」を劇場で見ました。おっさん一人で見に行くのは相当勇気が必要でしたが、鳥取の平日の夕方の映画館はがらがらで、何の心配も要りませんでした。

これはすごいですね。私はそれほど熱心な宮崎駿ファンではなく、劇場で見たのは「ラピュタ」と「もののけ姫」だけですが、「カリオストロの城」「未来少年コナン」「ナウシカ」「トトロ」はテレビやビデオで何度も見てます。その中でも映像的には屈指のできではないでしょうか。
まず驚くのが、絵としての美しさ。抽象と具象の使い分け。動く絵本のような芸術性です。そして、スピード感。スピード感はこれまでの作品でもいつも味わいましたが、これはすごいですねえ。車の走る音も相当リアルです。マニュアルの軽自動車をきちんとがんばって走らせた音がしています。
久石譲氏の音楽も素晴らしいですね。映像を邪魔せず、映像との相乗効果で場面を彩る音楽は、これまで見た作品よりもいい意味で「映画音楽」的でした。

全体的に「ナウシカ」のパラフレーズのような作品であることは、現実にありそうな町が舞台であることを考えるとある意味天才的です。「荒唐無稽」と「現実的」の奇妙な同居が、あくまでも自然に見えるのがすごい。と言うか、奇妙な出来事を自然に受け入れてしまう登場人物が自然体に見えるのがすごい。だから、「何で水の中にいて息ができるの?」とか真剣に考えちゃいけないんですね。

疑問がまずひとつ。ポニョの本名が「ブリュンヒルデ」で、ポニョが魚に乗ってかっとんで行くシーンでワルキューレの騎行(へのオマージュ)が鳴り響く、っていうのは何なんでしょうか。私には軽ーい思い付きのように見えるんですが、深読みすべき要素があるんでしょうか。軽ーい思いつきで十分面白いんですが。

もう一つ、結局これはどういうお話だったんでしょうか。「ナウシカ」と同じ「環境を大切にね」という教訓を導くというのはどうもしっくり来ない。そもそもそういう文脈だとお話がきちんと閉じていないように見える。最後のポニョのお母さんとそうすけの会話がすべてだとすれば「あらゆるものを愛すべし」「愛するものを守るべし」みたいなことなのかな。それだけ?なんて思ってしまいそうになるけど、今の世の中、そういう考え方自体が貴重なものなんですよね。我慢できず、何かと傷つけあう世の中になってしまいました。
きちんと映像にすれば3時間を越えそうな濃いお話を、1時間40分強の尺に収めつつ「愛」を印象に残すために、あえて薄く仕上げた?もう少し濃くてもよかったなあと、大人は思うのです。
タグ:日記
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2008年09月01日

鳥取熱狂の日第3日 読響名曲コンサート

鳥取プロオケ連続公演その3。日本海テレビと合銀と鳥取県文化振興財団が呼んだ読売日本交響楽団の名曲コンサート。
指揮が、確か南アフリカ出身の、ジェラール・コルステン。オペラのDVDがいくつか出ています。
ピアノが、チャイコフスキー・コンクール第1位の上原彩子。

曲目は以下のとおり。
ベートーヴェン:エグモント序曲
グリーグ:ピアノ協奏曲
ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界から」
<アンコール>
ドヴォルジャーク:スラブ舞曲第2集第2番
ふるさと(読響編曲版)

う〜ん、いい演奏会。なんて単純に書ければいいのだが、いろいろ思う所のある演奏会だった。

なんと公演開始時刻を30分間違えて、エグモントはホール内で聴けず。大不覚である。場外のモニターで聴く1950年代のEMIのモノラル録音のような音で聴いても素晴らしい演奏でいい音が鳴っていた。

さていよいよホールに入って、グリーグ。
オケはとーってもいい感じ。指揮者の率いるさまが絶妙。弦の柔らかい音が素晴らしいハーモニーを作っていた。
ピアノは、新体操を見にきたのに体操だった、みたいな、場違い感。いやいや、素晴らしい演奏なんですよ。これだけミスタッチがなく音の粒もそろった演奏はなかなか聴けない。どんなに難しい局面でも全然難しさを感じない上手さ。いわば、平均台で飛んだり跳ねたり走ったり宙返りしたりしても危なげない感じ。
でもね、なんだかグガングガンと、ガ行の音が多いんですよ。グリーグの世界とはちょっと違うような。それと、1楽章と3楽章は笑っちゃうくらい面白いんだけど、2楽章はなんだか居場所がないみたい。平均台の上で飛んでるとすごい人なのに、床の上を歩くと普通、みたいな。
3楽章の最後なんて、オケも完全にピアノと競い合ってましたな。最後はうっちゃりでオケの勝ち?
あのグガングガンしたピアノでアンコールにリストが聴きたいなあと思ってがんばって拍手をしたけど、アンコールはなし。残念。

さて、新世界。
ここまで、ジェラール・コルステンはいい仕事をしてきた。
新世界も1楽章と2楽章は指揮者が主導権を完全に握った、オーケストラ芸術の粋を感じさせる名演。
3楽章に入って、トリオに入って、ふと気が付くと、オケが飽きている。私も飽きている。あれ?どうも、3楽章についてはコルステンさんは、前2楽章ほどのアイデアを十分に持ち合わせていないようだ。よくよく考えると、コルステンさんはもともとヴァイオリンの人で、弦については十分にアイデアを持っているが、管についてはそれほどでもないように思う。息の使わせ方が上手くないというか。管主導の場面で音楽が停滞する。
その辺りからはもうオケの方が主導権を握ってしまった。もちろん、指揮者は十分に音楽的な指揮をしているんだが、オケはそれ以上の表現を実現している。
最後の最後で指揮者が妙に遅いテンポをとってしまってオケも従わざるを得ずずっこけた感じになっていたが、多分誰も気が付いていないだろう。
トータルでみれば、素晴らしい演奏。満足。

アンコールのスラブ舞曲は、ヴァイオリンの人であるコルステンの独擅場。ちょっとせせこましい速めのテンポだったけど、これはこれでよい。
さらにアンコール。指揮者が3拍子を振り始めた瞬間に、ああふるさとかあ、と思ったらやっぱりそう。客席も気が付いてざわざわ。「またふるさとかよ」「田舎の人はふるさとが好きでしょ、なんて思ってるんじゃないの」なんて言っているのか。いやいや、私が思ったという意味じゃないですよ。なんて考えていたら、曲が終わる前に客席から大拍手。やっぱりみんな好きなのねえ。

と言うわけで、楽しいコンサートでした。これぞオーケストラ!
posted by tak at 23:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 聴いた音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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