2009年02月27日

CHANDOS30_10 15ネーメ・ヤルヴィのプロコフィエフ#6

CHANDOS30_10_15jarviprokofiev6.JPG

CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第10回。15枚目の、ネーメ・ヤルヴィとスコティッシュ・ナショナル管弦楽団によるプロコフィエフ・ツィクルスの最初の録音である、交響曲第6番など。
http://www.chandos.net/details06.asp?CNumber=CHAN%208359

ヤルヴィは、すでにCHANDOSとは、ウェーバーのクラリネット協奏曲の伴奏で1982年に録音していたが(オケはバーミンガム市交響楽団、ソロはジャネット・ヒルトン)、スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席指揮者に就任した1984年から、ショスタコーヴィチの交響曲第1番、プロコフィエフの交響曲第6番を皮切りに、怒涛の大量録音が始まった(実際にはBISとシベリウスを録音し始めた1982年がスタートかな)。
じつは、私がネーメ・ヤルヴィとであったのは、私が高校生のときに兄が買ったプロコフィエフの交響曲第2番とロメオとジュリエット組曲第1番を聴いたのが最初である。2番の冒頭のラッパの強烈な音響にやられてしまった。
その後しばらくしてから交響曲全集を手に入れたが、ちゃんと聴いたのは最近である。
4番の改訂版を含む8曲の中で、最も過激な演奏が2番であり、最も正統的な演奏がこの6番であろう。ちなみに有名な5番は最もユルイ演奏で、1番は最も溌剌としている。
改めて6番をよく聴いてみると、この優秀なオケにとって6番はさして難しい曲ではないようで、かなり余裕が見られる。その余裕の部分に、たまにヤルヴィがロシアの(ソヴィエトの?)正統派プロコフィエフ的な「風」を吹き込む。見事なものである。

1984年は中学校1年生。このころはまだ、小学校4年生から始めた書道を続けていた。どこかの大会に出品したわけでもなく、級や段を取ったわけでもないので、いわば下手の横好きである。書道は今でも好きだ。下手だけど。

バックナンバーはこちらから。
http://takmusik.seesaa.net/tag/articles/CHANDOS30


CD15
Sergey Sergeyevich Prokofiev (1891-1953)
Symphony No.6 in E flat minor, op.111
Waltz Suite, op.110
No.2 'In the Palace' from Cinderella
No.5 'New Year's Eve Ball' from War and Peace
No.6'Happiness' from Cinderella
Neeme Järvi
Scottish National Orchestra (Leader, Edwin Paling)

1984.8.25-26 Glasgow City Hall
CHAN8359
ラベル:CHANDOS CHANDOS30
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2009年02月24日

CHANDOS30_09 20ショスタコーヴィチ子・孫のショスタコーヴィチ

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CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第9回。20枚目の、作曲家ドミトリ・ショスタコーヴィチの息子マキシム・ショスタコーヴィチが指揮をし、孫のドミトリ・ショスタコーヴィチ・ジュニアがソロを弾いた、ドミトリ・ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番、など。
http://www.chandos.net/details06.asp?CNumber=CHAN%208357

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は、2曲ともショスタコーヴィチの自作自演の録音がある。もちろん子・孫たちはも参考にしただろうが、参考にならないくらい強烈に速いテンポで、ある意味トンデモ演奏である。
子・孫たちの演奏は素晴らしい。第2主題なのかな、1楽章のテンポが緩む主題の「黒さ」が、作曲家の演奏よりショスタコーヴィチらしい。さすがに彼らにとって手馴れた演奏なのだろう。
バルシャイ編曲の室内交響曲は、このモントリオールの楽団の創設者であるユーリ・トゥロフスキの指揮。優秀な奏者が揃い、かつ弦楽器奏者らしい表現を奏者に伝達することで、素晴らしい演奏になっている。
ライナーノートをトゥロフスキ自身が書いており、「この曲はモスクワ室内管弦楽団にたびたび演奏されていた」なんて書いてある。ラフマニノフのライナーノートのトゥロフスキのプロファイルには、ソリストとしてモスクワ室内管弦楽団とたびたび共演した、なんて書いてあったので、演奏(おそらくバルシャイ指揮の)を目の当たりにすることもあっただろう。

ところでこの1枚。CHANDOSのサイトでも、おそらくそれを基にしたHMVのサイトでも、収録が1984年8月1日となっているが、オリジナルのライナー・ノートには8月とだけしか書いてない。いくらこのモントリオールの楽団が優秀であろうと、指揮者が違うこの2曲を1日で収録するわけがない。8月の何日かを使ったのだろうが、元の資料がなくて、CHANDOSのサイトに仮に「1日」として置いたのではなかろうか。

1984年は中学校1年生。兄の影響で本格的にクラシックを聴き始める。母にオーディオを買ってもらい、おまけで付いてきたカセットテープに初めてエアチェックしたのは、表面がストラヴィンスキーの「ミューズの神を率いるアポロ」、裏面が三善晃の「響紋」。なんと不健全(?)な。確か秋山和慶とN響だったか。おかげで今でも「ミューズ」は大好きな曲の一つである。初めて買ったLPはブルーノ・ワルター・コロンビア交響楽団のベートーヴェンの交響曲第6番「田園」であるから、こちらは健全(?)である。

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CD20
Dmitri Shostakovich (1906-1975)

Concerto No.1 for piano, trumpet and strings, op.35
piano: Dmitri Shostakovich (junior)
Maxim Shostakovich
I Musici de Montréal

Chamber Symphony, op.110a
Transcribed by Rudolf Balshai from String Quartet No.8
Yuli Turovsky
I Musici de Montréal

1984.8 Church of St Pierre Apotre, Montreal
CHAN8357

2009年02月23日

神戸室内楽大会練習 at 三田市

神戸にいる友人からの頼みで、神戸でやる室内楽の演奏会に、ドヴォルザークのピアノ五重奏曲のチェロパートで出演することになってしまいました。
本番は3月20日(金・祝)の13:30、兵庫県立芸術文化センター内、神戸女学院小ホールです。ほかにも数団体出演して、30分の持ち時間でそれぞれ演奏するとのこと。

今日はそのための練習で、神戸市の北、三田(さんだ)市まで行ってきました。できたてほやほやのホール、三田市総合文化センター郷の音ホールの中の練習室で、11時から19時まで。
なんでもすでに決まっていたチェロの人が海外転勤で出演できなくなったそうで、なぜか私に白羽の矢が立ってしまったのだ。演奏するのはドヴォルザークのピアノ五重奏曲の1楽章と3楽章。
とてもいい曲だし、いい気になって弾いていたんだが、最後に録音したのを聴いたら、あまりにも自分の演奏がひどくて愕然。これはやばい。いきなり出てくるテーマがぼろぼろ、伴奏形も安定しない、バランスも悪い、テンポも不安定、左手は押さえ切れていない。なるほど、普段もこういう風に弾いていて、周りにはこう聴こえるのだろう。深く反省しました。
問題は、今後の練習が間に合うかどうか。まあできるだけやるしかない。

ところで、三田市といえばステーキの店「三田屋本店」が有名なんだそうですね。昼ごはんにみんなで行ってきたんですが、妙に格式が高そうなところで、中庭には能舞台もあったりして、そうとう浮世離れした空間でした。日曜はランチはなく、いちばん安くても5800円のロースステーキのセット。いやいやそれだけの価値のある味でした。味見用のスモークチーズ、前菜のハム、メインのステーキ、どれも素晴らしい味。世の中にはこんなお店もあるんですな。
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2009年02月22日

鳥取市響練習

21日は鳥取市交響楽団の練習。
今回は、前回できなかったエグモントと、ブラームスの2,3,4楽章、1楽章の再現部前まで。

ブラームスの交響曲第3番は難しい、アマチュア・オケではやらないほうがいい、とよく聴くが、今日はその理由がよく分かった。1番と2番はよくやるし、4番は誰でも好きな曲だからよく聴いて曲を知っている。しかし、3番はほとんどのオケでやらないから弾いたこともないし、曲もジミだから聴いたこともない、あるいは聴いてもよく覚えていない、さらに聴いたとしても耳で聞く譜割りと実際の楽譜上の譜割りが1拍ずれていたり、メロディも不思議な位置に臨時記号が付いていたり、フィンガリング的にとりにくい音だったり、とにかく障害が多い。
1楽章はむしろみんなの譜割りが大変だから、誰かが迷惑をかけるわけではなく、みんなが均等に困るのでよいのだが、2楽章はメロディにからむシンコペーションのパートが簡単に音楽を壊すし、3楽章は伴奏のパートが音楽を汚す。4楽章は大事なメロディが実はそんなに簡単ではなく、しかもその大事さは曲に入れ込んでいる人でなければ大事と思えない「鬱勃」としたメロディなので、パッションがうまく宿らない。自分の音符が、メロディと対旋律とリズムのいずれに属するか判別しにくく、それらしい役割を演じられない。
とにかく、やればやるほど気まずくなる音楽だったのだ。これは避けたがるのがよく分かる。
でもでも、今日の私の拙い指導でも、やればやるだけ音に張りが出てきた。そうなると本当にいい曲であるのがよく分かる。おそらく最大の難関は4楽章のコーダだろう。息の長いコラールが、ちゃんと大きな音楽として作れるか。伴奏の弦のウネウネした音が、きちんとコラールを邪魔せず、かつ音楽的にウネることができるか。ウネウネのパートの人はちゃんとCDを聴いて勉強しておいてほしい。

今回の定期演奏会のプログラムでシベコンとブラ3を組み合わせたのはたまたまだが、この2曲は、テンポの遅い6拍子であり、それを3+3に分割したり2+2+2に分割したり、あるいはヘミオラを使ったり、そういうリズムの扱いで非常に共通点が多い。練習の中でそういうことを奏者が気付いて演奏してくれると嬉しいなあ。
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2009年02月21日

CHANDOS30_08 23マリス・ヤンソンスのチャイコフスキー#5

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CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第8回。23枚目の、マリス・ヤンソンスがオスロ・フィルとともにCHANDOSに収録したチャイコフスキーの交響曲ツィクルスの、多分初回の録音。チャイコフスキーの交響曲第5番。
http://www.chandos.net/details06.asp?CNumber=CHAN%208351

私の年代の人間であれば、ヤンソンスと言えば息子のマリスの方を指すが、もちろん父親のアルヴィド・ヤンソンスも有名で、最近もCD化が進んでいるので、紛らわしくないように、面倒でもフルネームで書く。

私にとってマリス・ヤンソンスは今でも、86年のレニングラード・フィルの来日にムラヴィンスキーの代わりに振りに来て、チャイコフスキーの交響曲第4番の爆演を成し遂げた指揮者、という枠からほとんどはみ出していない。
ちなみにこのときのムラヴィンスキーの直前キャンセルは、ムラヴィンスキー本人によれば、ソヴィエト当局から外国旅行の許可が下りなかったためらしい(図書館で借りた本なので書名が分からない)。「病気説」は当局が流したデマだそうだ。

久しぶりにこの1986年10月19日のサントリーホールでの演奏を聴いてみた。この公演についてはこんなサイトもご参照を。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page245.html
http://www3.realint.com/cgi-bin/tarticles.cgi?boult1889+2978
多分中学3年生の正月ごろにNHK-FMで放送されたのをエアチェックしたカセットテープ。手作りアンテナで受信していたので、盛大なノイズを書き分けて音楽を聴くような状態(http://takmusik.seesaa.net/article/30460533.html)だが、いやはや当時を思い出しましたよ。パンパンにみなぎった音楽が奔流のごとく流れ出てくる素晴らしい演奏である。
ただ、今の耳でよく聴いてみると、演奏の6割方は「指揮者不在の音楽」である。いや、目の前にいるマリス・ヤンソンスを見ずに、本当ならそこにいたはずのムラヴィンスキーを頭に思い浮かべながら、演奏者自身が指揮者となって演奏している。つまり、音楽の場面場面でイニシアチブを取る楽器が、その部分の音楽を先導し、結果として音楽がきちんとつながっていく。ムラヴィンスキーの解釈というコンセンサスがあるわけだから、先導する楽器が入れ替わろうと音楽は揺るがない。
それでも、1楽章の展開部だとか、4楽章のコーダだとか、ちゃんと指揮者を頼りにしているところもあって、そこはそこでちゃんと「導かれた」音楽になっている。
と、ここまで書いてふと不安になったのだが、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーの演奏は、5番がダントツに多いのだが4番はあまり多くなかったはず。このころ4番は演奏していたのだろうか。していなかったとしたら、まるでムラヴィンスキーのような演奏をマリス・ヤンソンスがまるで指揮者不在なように振っているという不思議な演奏ということになる。その後のマリス・ヤンソンスの演奏がまさにそんな感じだから、案外そうだったりして。それでも、ムラヴィンスキーのDGへの1960年録音と雰囲気が似ているので、演奏者も指揮者もその演奏の呪縛(?)から逃れ切れていないのだろう。

前置きが長くなりすぎた。
CHANDOSが収録したマリス・ヤンソンスとオスロ・フィルのチャイコフスキーの交響曲ツィクルスは、来日の2年前である1984年に始まっている。マリス・ヤンソンス41歳。首席指揮者に就任して5年目のシーズン。20代や30代の指揮者がばんばん出てきて活躍する現代と比べれば、この時代の41歳は若造だろう。事実、86年のレニングラード・フィル来日公演も自他ともに認める「若造扱い」だったようである。
しかしながら、CHANDOS録音のこのチャイコフスキーの5番は、マリス・ヤンソンスが自信を持ってオーケストラを率いた素晴らしい演奏である。ムラヴィンスキーの演奏にそっくりなのはご愛嬌だが、オスロ・フィルをちゃんとそっち方向に導ける能力はきちんと感じられる。もちろんオスロ・フィルとてチャイ5はよくやる曲の一つだろうから、「手馴れた」感も聴こえる。それも含めてとても心地好い演奏である。このツィクルスは評価が高いそうだが、優秀録音によるムラヴィンスキー的演奏で1番からマンフレッドまで聴けるのなら、確かに評価は高かろう。

1984年は中学校1年生。なぜか「部活」と「クラブ」のほかに「駅伝」まで駆りだされてしまった。小学生の時に町内の駅伝の練習のため、夜な夜な村の仲間たちと一緒に走っていたので、心肺機能は人並みよりは高かった。だが、実際ランナーとして出場してみると、それ専門の人の脚力というのは全然別世界で(同じ中学生でも)、私のようなチャラい練習し貸してないものは太刀打ちできないことがよく分かった。

バックナンバーはこちらから。
http://takmusik.seesaa.net/tag/articles/CHANDOS30

CD23
Pyotr Ilyich Tchaikovsky (1840-1893)
Symphony No.5 in E minor, op.64
Oslo Philharmonic Orchestra
Mariss Jansons
1984.1.26,27 Oslo Concert Hall
CHAN8351
ラベル:CHANDOS CHANDOS30
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2009年02月20日

いた和り家(いたわりや)

弥生町の居酒屋です。数年前にできた比較的新しい店で、いつも気になっていたんだけど、今回初めて行くことができた。今日はここで晩御飯。
クランベリーオレンジジュース×2、刺身盛り合わせ、もさエビのパスタ、温泉卵とチーズのサラダ、シメジ・エリンギ・アスパラ炒め、だし巻き卵、おにぎり2個、牛筋煮込。〆て5560円。
とっても美味しかった。もさエビは新鮮すぎて味が薄いくらい、エリンギはめちゃめちゃジューシー。牛筋煮込みは牛筋自体いいものを使ってある。
店も小じゃれているし小ぎれい。
なのに、なかなかくつろげない。そんなに大きくない店だし客が少なかったのもあるが、店員さんに客の一挙手一投足を見守られていて、おちおちおしゃべりもできないみたいな雰囲気があってね。同行人が前に来たときもそんな風だったとのこと。
でも、味はとてもいいので、また行きたいですな。牛筋丼というのがあったが、これはうまそうだ。今度は食べてみたい。
ラベル:ごはん
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2009年02月19日

CHANDOS30_07 6ナイジェル・ケネディのエルガー

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CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第7回。6枚目の、ナイジェル・ケネディが演奏した、エルガーのヴァイオリン・ソナタを中心としたヴァイオリン曲集。
http://www.chandos.net/details06.asp?CNumber=CHAN%208380

奇矯な風体だが、ケネディのエルガーは絶品!この演奏で初めてエルガーのヴァイオリン・ソナタを聴いたのだが、初めてがこの演奏であったのは幸運であったかもしれない。まるでブラームスのようなねっとりとしたこの曲を、きちんとねっとりと演奏し、しかもエルガーに欠くべからざる「気品」を表現し得ている。
「ファースト・ポジションで弾くとても易しい旋律的な練習曲」は、本当にファースト・ヴァイオリンだけでこんなに音楽的な音楽が作れるのかと思うくらいエルガーの音楽も素晴らしいし、それを美しく表現できるケネディも素晴らしい。ちゃらちゃらした活動はおいといて、もっとちゃんといろいろ弾いてくださいよ、ケネディさん。
「愛の喜び」は、エルガー自身が編曲したチェロ付きの版で演奏しているのが面白い。

ところで、一緒に写しているのは、エルガーの交響曲第3番。なんで2枚あるかというと、右の、写真が裏焼きの方は、アンソニー・ペイン氏が補筆完成過程を語っているものなのである。実は、左側の初の補筆完成版を買おうと思って間違えて右のを買ってしまったのだ。英語で語るペイン氏の声と、2段譜のスケッチをヴァイオリンとピアノ、あるいはピアノ、そして補筆完成版のフル・オーケストラによる演奏の「断片」を収録している。
何の関係があるかというと、ここで収録されているヴァイオリンとピアノによる演奏は、編成的にも作曲年代的にも、ヴァイオリン・ソナタと共通なのである。なのに、まるでソナタっぽく聴こえない。交響曲の「図体」に見合った楽想とソナタの繊細さに見合った楽想は、やはり違うということだ。

1984年は中学校1年生。国府中学校では「部活」と「クラブ」とあって、両方とも部活並みの活動をしていた。小学校以来やっていた剣道を「部活」に、兄がやっていた吹奏楽を「クラブ」に選んで、並行して活動していた。今考えると「クラブ」の意味がよく分からん。まあ、おかげで今に至るまで音楽を趣味に活動することができてるのだが。

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http://takmusik.seesaa.net/tag/articles/CHANDOS30


CD17
Sir Edward Elgar (1857-1934)
Salut d'Amour, op.12
violoncello: Steven Isserlis
Mot d'Amour, op.13 No.1
In Moonlight 'Canto popolare' from In the South, op.50
Sospiri, op.70
Chanson de Nuit, op.15 No.1
Chanson de Matin, op.15 No.2
Very Easy Melodious Exercises in the First Position, op.22
Sonata for Violin and Piano in E minor, op.82
violin: Nigel Kennedy
piano: Peter Pettinger
1984.1.6,7 Church of St. George the Martyr. , London
CHAN8380
ラベル:CHANDOS CHANDOS30
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2009年02月18日

CHANDOS30_06 17ラフマニノフの悲歌的ピアノトリオ2曲

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CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第6回。17枚目の、ボロディン・トリオが演奏した、ラフマニノフの悲歌的ピアノ三重奏曲。
http://www.chandos.net/details06.asp?CNumber=CHAN%208341

ボロディン・トリオは、有名なボロディン弦楽四重奏団の創設者でファースト・ヴァイオリンだったドゥビンスキーさんが結成したトリオとのこと。
ラフマニノフのトリオは、先にピアノ・コンチェルトに編曲された版(ヤルヴィの指揮で、ソロを弾いているピアニストが編曲したもの)を聴いていたのだが、実は全く印象に残っていなかった。
原曲で聴けば、非常に印象深い曲である。もちろん、演奏しているボロディン・トリオの面々の溢れる音楽性が下支えしていることはもちろんだが、素晴らしい曲である。やはりこれはトリオとして聴くべき曲なのだろう。今ピアノ・コンチェルト版を聴き直しても印象は薄い。
さて、このラフマニノフのトリオ、第1番は18歳くらい、第2番はチャイコフスキーが亡くなったのに衝撃を受けて、ハタチのころに1ヶ月半くらいで書いたそうだ。両曲を聴いた後でその旨が書かれたライナー・ノートを読んだのだが、いい意味で若さを感じさせない成熟した音楽であり、悲歌として成立している。若いころからこういうウジウジした人だったということ??

1983年は小学校6年生。修学旅行は神戸とか京都に行ったはずなのだが、ほとんど何も覚えていない。清水寺には行ったような気がする。今になって考えればいい所を見たはずなのに、何も覚えていないということは、結局のところ修学旅行の意味がなかったということなのか?

バックナンバーはこちらから。
http://takmusik.seesaa.net/tag/articles/CHANDOS30


CD17
Sergey Rachmaninov (1873-1943)
Trio élégiaque No.1 in G minor, op.posth.
Trio élégiaque No.2 in D minor, op.9
Borodin Trio
violin: Rostislav Dubinsky
violoncello: Yuli Turovsky
piano: Luba Edlina
1983.6.1 Church of St. George the Martyr. , London
CHAN8341
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2009年02月16日

自然治癒する車の顛末

alfa_20090215.JPG

以前の日記で、Alfa Romeo 156の故障が勝手に直った話を書いた。
http://takmusik.seesaa.net/article/112567351.html

もちろん工業製品であるから、勝手に直るというわけではない。
2月に入って12ヶ月点検のタイミングが来たので、ディーラーに車を持っていって見てもらった。

結論から言うと、サーモスタットが壊れていた。
たぶん、この方のブログのサーモスタットと同じ部品である。
http://ig510190.blog83.fc2.com/blog-entry-544.html

サーモスタットが壊れていたために、冷却系がきちんと機能しておらず、電動ファンが無駄に活躍していたのだろう。
結局、このサーモスタットと、あわせて電動ファンのファンベルトも交換。やはり負担がかかっていたのか。いや、多分始めての交換だから単に経年劣化だろう。

ディーラーの社長いわく、「アルファのパーツ・センターにサーモスタットの部品があったのですぐ届きました。よく壊れるからいつも置いてるみたいですね」。やっぱりね。
おかげで、あっという間に12ヶ月点検が済んだ。

話はこれだけでは終わらない。写真の物体のこと。
これは、リア・ドアのドア・ハンドルである。私の車のリア・ドアを開けたことがある人なら「これ壊れてるんじゃあ??」と思うくらいハンドルが固いのをご存知だと思うが、これが本当に壊れてしまった。ハンドルはプラスチックの部品なのだが、軸の部分が欠けて、ぷらんぷらんになってしまったのだ。
雨や雪がこびりついて凍ったドアを無理やり開けてしまう私のせいであるのはもちろんだが、こういう壊れやすいパーツの作りをするのは、Alfa Romeoに問題があろう。そういえば、後継モデルのAlfa Romeo 159は、リアのドア・ハンドルはフロントと共通の金属部品になってました。対策したのね。
12ヶ月点検が済んで1週間でまたディーラーへ。パーツの確認をして、発注をかけてもらうと、これもドア・ハンドルのパーツがちゃんとパーツ・センターにあったので、2日後にはパーツが到着。あっという間に交換終了。

昨日ようやく76,000kmを超えたところだが、どんどん壊れていく。こうやって、パーツがあるうちにどんどん消耗部品を交換していったほうがよさそうだなあ。でも今回の修理の請求っていくらぐらいなんだろう。点検たんびに10万円単位でかかるのは結構辛い。。

そうそう、なんで壊れた部品を持って帰ったかって?助手席に置いてあったんですよ。アルファのリカンビ・オリジナリって箱に書いてあるから補修部品に違いないけど、万が一ディーラーからのプレゼント(?)だったら「忘れてますよ」とか言うわけにもいかないし、と思って後で箱を開けたらやっぱり壊れた部品でした。グリスとか付いてるからあんまり触りたくないんだよなあ。
ラベル:Alfa Romeo
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2009年02月15日

CHANDOS30_05 2アーノルド・バックスの交響曲第4番

CHANDOS30_05_02baxsym4.JPG

CHANDOS30周年記念ボックスの録音を、年代順に、その年の私の思い出とともに振り返る第5回。2枚目の、ブライデン・トムソンが指揮した、サー・アーノルド・バックスの交響曲第4番。
http://www.chandos.net/details06mp3.asp?CNumber=CHAN%208312

作曲家アーノルド・バックスを広く世界に知らしめるきっかけとなった演奏だろう。シャンドスレーベルにとって初のグラモフォン・アワード受賞レコードだそうだ。
ブライデン・トムソンという指揮者の才能がひしひしと伝わる、なんともブリリアントなオーケストラ・サウンドを堪能できる演奏である。
私は、バックスの音楽の特徴を「苦み」と感じているが、この4番も適度に苦み走った曲で、数多ある交響曲の中できちんと独自性を発揮できている名曲だと思う。
実は、サー・アーノルド・バックスの交響曲全集はすでに持っている。7曲あり、7番はさらに苦みが強かったような。
ただ、この全集には、交響詩「ティンタジェル」は入っていなくて、多分これで初めて聴く。これもまた、ツェムリンスキーとかドビュッシーとかいろんな作曲家の影響が見え隠れするようでいて、ちゃんとバックスらしさが感じられる。

1983年は小学校6年生。児童会長に立候補したのだが、当時の親友も立候補し、彼の「児童会長になってもいいかなー?」「いいともー!」という選挙演説が、私の真面目腐った演説よりも(当然ながら)受け、私は落選してしまった。ふーん、こんなんでいいのかあ、などと感慨にふけったものである。

バックナンバーはこちらから。
http://takmusik.seesaa.net/tag/articles/CHANDOS30


CD2
Sir Arnold Bax (1883-1953)
Symphony No.4
Tintagel, Symphonic Poem
Ulster Orchestra (Leader, Richard Howarth)
Bryden Thomson
1983.4.10,11 Ulster Hall, Belfast
CHAN8312
ラベル:CHANDOS CHANDOS30
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