2009年06月29日

音楽を考えた音楽的土日

6/27は、青少年のための弦楽講座の平成21年度第1回。
昨年度と同じ、ヴァイオリンは清水玲子先生、ヴィオラは井上望美先生、チェロは角南麻里子先生。
今回は、なるべく先生方のレッスンを聴講するようにした。3人ともに共通するのが、基礎を徹底的にやること。楽器の構え方、弓の持ち方、右手の動かし方などを順序だてて効率的に、でも時間をかけてやっていく。子供たちの音が見る見るよくなっていく。
その基本となるのは、やはり、楽しむために、いい音を出すために楽器を弾くということ。ついつい楽器を弾くために楽器を弾く、という、目的が分からない練習になってしまうのだが、目的が見えれば、苦労は軽減される。

その日の夜は、ジュニアオーケストラの練習。
まずは、先生クインテットでやるシューベルトの「鱒」を、ヴァイオリンN先生、ヴィオラK君、チェロ私で練習。N先生がめざす流れがあり動きがあり前進する音楽づくりについていくのがやっと。音程もシビア(当たり前)。だけど、枝葉末節ではなく音楽の本質とか基本的な技術の話をもとに指導していただけるので、むしろゴールに近付きやすい。自分だけで考える練習がいかに遠回りをしているかと気付かされる30分だった。
そのあと、ジュニアの子たちの合奏を3曲ほどみた。ずいぶん大雑把な指導になってしまって申し訳なかったが、ドビュッシーの「月の光」など、音楽の流れについてちょっとしたヒントを出すと、ずいぶんうまく行くようになった。たとえば「そこは皆さんずいぶんあっさりと先に進むけど、上を向いて月を見て、でも顔を下げなきゃいけなくて、でもすぐには下げたくない気持ちじゃないかな。ここでもう少し上を向いて月を見ていたい気持ちを持てば、自然とここの音が長く保てるようになるよ」とか。

6/28は、弦楽講座の二日目。
レッスンの内容は前日と同じく充実。
最後に先生3人のミニコンサートで、ベートーヴェンのセレナード。超絶難曲だが、素晴らしい演奏。私と比べてもどうしようもないけど基礎体力が歴然と違う。やはり、基礎の積み上げが大事なんだなあ。

ところで、弦楽講座においては、私は事務局員であり、小間使いのようなものである。先生方の弁当の買出しとか、謝金の準備とか、名札の準備とか、各種雑用。こういうことを嬉々としてやっている自分に気が付いてしまう。だからこういう仕事(プライベートの活動だけど)から離れられないんだよなあ。

そうそう、先生方と事務局が食べた、大丸で売ってるニューオータニ中華弁当、630円だけど美味しくてボリューム満点。お勧め。
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2009年06月25日

ムッシュたけぞう

ずいぶんと間が空いてしまった「ごはん」ネタである。

今回行ったのは、フレンチ(イタリアン?)の老舗、ムッシュたけぞう。私が就職したころにはすでにあったと思う。私も同行人も行くのは6,7年ぶり。
最近の傾向で、イタリアンやフレンチをコースで食べると、腹がはちきれそうになるので、1.5人分くらいを頼んでシェアしながら食べることに。
飲み物はぶどうジュース。濃くて甘くてうまい。
まずはオードブル5種盛り合わせ。うにが乗せてあるプリン風のゼリー、生ハムメロン、豚のスモーク、タコのカルパッチョ、豚のハム、おまけ(?)にチーズ。1つ頼んで2人で食べてちょうどいいくらいの量。美味しくて、ぺろりと食べる。
セコンドに、夏野菜ときのこのペペロンチーノ、ボロネーゼ風のリゾットを1つずつ。ペペロンチーノは爽やかなトウガラシの辛味が、リゾットは肉汁感が、美味い。
メインに魚を頼んだら、マグロのステーキ。1つだけ頼んだが、2人でも多いくらいのボリューム。赤みの牛肉っぽくさっぱりしていて、それにソースの酸味が利いて、美味い。ソースはパンでぬぐってきれいにいただく。
デザートに、フォンドショコラって言うんですか、中がどろっと温かいチョコレートケーキ。こりゃあ絶品ですよ。
コーヒーも飲んで、2人で1万円也。結構な金額になったが、美味いものは高い、と納得。1.5人分だけどボリュームも十分であった。

ちなみに、平日にもかかわらず、私たち以外にも数組のお客さんがあって、かなり盛況であった。さすが名店。
タグ:ごはん
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2009年06月14日

初心者不可触ブルックナーその4 #5

bruckner5kawasaki.JPG

「初心者触れるべからず」のブルックナー異稿録音シリーズ、完結編。
交響曲第5番は、このシリーズの大本命。5番ファンは必ず聴くべし。

従来、交響曲第5番は、1878年の決定稿と、弟子に無残に編曲された改訂版しか知られていなかった。
ところが、最近になって1876年の初稿、と言うよりは、暫定完成版、あるいは未定稿とでもいうべき楽譜を日本人の研究者が研究し、初稿としてまとめたのだ。

ブルックナーが交響曲第5番を書いた時期は、交響曲第1〜4番の作曲と修正も並行して行っている。

1873年 第2番初稿
1873年 第3番初稿
1874年 第4番初稿
1876年 第5番初稿
1877年 第2番第2稿
1877年 第3番第2稿
1878年 第4番第1〜3楽章第2稿
1878年 第5番決定稿
1880年 第4番第4楽章第2稿

ブルックナーが「産みの苦しみ」を味わい、初期の原始的な荒々しさから、中期以降の端整な構築性に自身の様式を昇華する力を蓄えた、重要な時代である。

第5番は、弟子が直した改訂版を無視すれば、実質的に1種類しか楽譜がなく、それがまた完成度が高い(しばしば建築物に例えられる)ために、作曲の苦労などを感じることはなかったのだが、この初稿を聴いて、ブルックナーの改訂の技の素晴らしさを改めて認識できた。
ここでごく一部内容を確認できる。http://www.abruckner.com/downloads/curiosities/whataretheyplaying/
第5番の特徴として、同じ音型の繰り返しがある。例えば、第3楽章冒頭15小節目から6回、ティーラーララティーラーララティーラーララティーラーララティーラーララティーラーラララン、というふうに、くどいくらいおんなじ音型を続けるのだが、初稿では7回ある。4楽章コーダ前の、ほとんど全部曲が8小節単位でできているブルックナーの作品の中で、例外的に7小節で次のパッセージに行く有名な部分が、初稿では同じことを繰り返して8小節単位になっている。このように、決定稿に慣れている身には、多すぎたり少なすぎたりして聴こえるのだが、むしろ、これまでくどいと思っていたこの繰り返しの回数が、決定稿ではまさにちょうどいい回数だけあったのだということが、初稿を通じて認識できる。
そして、バス・チューバがないこと。冒頭のコラールやコーダが軽くて仕方がない。

もうひとつ、このCDの重要なのは、指揮の内藤氏が寄稿した文の中で、「既存の演奏は、本来2分の2拍子で書かれた冒頭部分が改訂版で4分の6拍子に書き改められたために、その伝統を引きずって、主旋律のリズムの狂いや歪みを生じている」と述べている点。
第2楽章冒頭は、2拍3連の弦のピツィカートに乗って、オーボエが2分の2拍子の旋律を吹く。
記譜は、下記のようになっている。

例1
↓オーボエ
タ――タ―タ―|タ―タ―タ―休
タンタンタンタンタンタン|タンタンタンタンタンタン
↑弦

しかし、たいていの演奏は以下のように、オーボエが3連符を意識して演奏している。

例2
↓オーボエ
ターーターーターー|ターーターーター休
タンタンタンタンタンタン|タンタンタンタンタンタン
↑弦

これが改訂版の呪縛だと主張しているのである。なるほど、従来の遅すぎるテンポ設定への批判とあわせてもっともなことだと納得できるのだが、残念なことに、この演奏でもリズムの歪みは残っているのである。
実は、これを完全に例1のように記譜どおりに演奏しているのが、オトマール・スウィトナーが指揮した、シュターツカペレ・ベルリンの演奏。ちゃんと演奏した実例があるのだから、主張どおりちゃんとしてほしかった。

ともかく、演奏の水準は高く、この貴重な初稿の演奏の価値を過不足なく伝えている。

というわけで、ブルックナーの異稿シリーズは、DELTA CLASSICSから出ているのは、これでおしまい。0番の初稿は残っていないだろうし、ほかの曲も、すでに知られている以外の異稿はないであろう。


アントン・ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調
川崎高伸校訂による1876年初稿、初演・初録音

内藤 彰 指揮
東京ニューシティ管弦楽団
2008年12月17日 東京オペラシティ コンサートホールでのライブ録音
DELTA CLASSICS DCCA-0060

2009年06月13日

初心者不可触ブルックナーその3 #9

bruckner9_carraganfinale.JPG

「初心者触れるべからず」のブルックナー異稿録音シリーズ。当然マニア必聴。

交響曲第9番といえば、「未完の交響曲」として広く知られてきたが、第4楽章の補筆完成版の完成度が年々上がってきたことによって、また、それらを積極的に取り上げる指揮者が増えてきたことによって、マーラーの交響曲第10番がそうであったように、完成した交響曲として認識されるようになってくるのではと、個人的には感じている。
しかしながら、注意しなければならないのは、第4楽章の演奏用楽譜には3つの系統があること。

1つ目は、ブルックナー自身が書いた楽譜。弟子が形見分けしたために、自筆譜が散逸しており、とりあえず存在が確認されているものだけでまとまった一つの出版譜になっている。アーノンクールはこれを使ってウィーン・フィルと録音している。
2つ目は、ウィリアム・キャラガンによる補筆完成版。1983年に発表され、まもなく、ヨアフ・タルミの指揮、オスロ・フィルの演奏の録音がCHANDOSから発売された。1枚目に1〜3楽章、2枚目に断片のみの録音と、この補筆完成版。たいていの人(私も)は、これで初めて補筆完成版の第4楽章を聴いた。これが2006年に改訂され、今回紹介しているCDで演奏されている。
3つ目は、ニコラ・サマーレとジュゼッペ・マッツカが1984年にまとめたもの。この形でまずエリアフ・インバルとフランクフルト放送交響楽団の演奏がTELDECから発売された(なぜか5番とこのフィナーレのみのカップリングだった。当時はまだ3楽章までの完成版と一緒に演奏するのは恐れ多いという雰囲気だったような気がする)。その後、ジョン・A・フィリップスとグンナー・コールスが加わって、より精度の高い補筆完成版が1992年に発表されて、クルト・アイヒホルンとリンツ・ブルックナー管弦楽団の演奏がCAMERATAから発売(これは1〜3楽章と一緒)。その後、この4人で改訂を進め、1996年改訂のものをヨハネス・ヴィルトナーとノイエ・ヴェストファーレン・フィル(Naxos)が、2005年改訂のものをマルクス・ボッシュとアーヘン交響楽団(Coviello)が録音している。そして最新の2007年改訂版を使用して、ダニエル・ハーディングがスウェーデン放送交響楽団と演奏を行った(放送録音あり)。
この記事を書くに当たっては以下のサイトを参照した。
http://www.abruckner.com/discography/symphonyno9indmino/

私が補筆完成版を初めて聴いたのは、ヨアフ・タルミのウィリアム・キャラガン版が最初で、コーダに現れる場違いなトランペットの旋律にたいそう失望したものだ。その後、サマーレ=マッツカ(&フィリップス=コールズ)版がどんどん充実してきて、鳥取でもフィリップ・ヘレヴェッヘとロイヤル・フランダース・フィルの超名演が聴けて、もうこれで決定版だなあと思っていたところだった。
ところが、ここでまたキャラガンの改訂版。この演奏のせいもあり、楽譜が失われた部分を接続するために「作曲」したものがあまり魅力的でなく、個人的には、あまり重要性を感じない。改訂版とのことだが、さらににぎにぎしくなって場違い感が増しているような気がする。

むしろ、このCDの最大の存在意義は、第2楽章トリオの異稿を録音したこと。トリオには、3つの作曲過程があって、現在普通に演奏されるのは第3稿。ここではじめて第2稿を聴くことができた。なんとも珍妙な音楽である。正直言って、これが決定稿にならなくて良かった、という感じ。でもそれが確認できてよかった。面白いのは、全く違う音楽なのに、僅かに一つ、共通の旋律が使われていること。第3稿の「芽」を感じさせる。

ところで、1〜3楽章の「コールズ版」は、ノヴァーク版とほぼ同じ。たしか誤りの訂正といったレベルの校訂だったと思う。アーノンクールもこれを使用している。

演奏については、「よくやった」と言いたい。1楽章から3楽章までは、非常にブルックナーらしい演奏である。誰の演奏か知らされずに聴いて、日本人の演奏であることを言い当てる自信は全くない。それくらい自然な演奏である。しかしながら、さすがにこの長大な4楽章版ではスタミナ切れであるのが残念。3楽章辺りでちょっとがんばりすぎたかも。


アントン・ブルックナー
交響曲第9番ニ短調
第1〜3楽章 グンナー・コールズ校訂版(2000年)、第2楽章のトリオのみ、ウィリアム・キャラガン校訂の第2稿(通常は第3稿)を使用
第4楽章 ウィリアム・キャラガン補筆完成版(1983年完成/2006年9月補完)(世界初演・初録音)

内藤 彰 指揮
東京ニューシティ管弦楽団
2006年9月28日 東京芸術劇場大ホールでのライブ録音
DELTA CLASSICS DCCA-0032

2009年06月12日

初心者不可触ブルックナーその2 #4

bruckner4_3rdversion.JPG

「初心者触れるべからず」のブルックナー異稿録音シリーズ。当然マニア必聴。

ロマンティックは、ブルックナーの創作の初期から中期に至る重要な時代の作品のためか、ヴァージョンが異様に多い。書かれた順に次のとおり。

1.第1稿
2.フィナーレ異稿「民衆の祭り」
3.第2稿(ハース版とノヴァーク版。微妙に違う)
4.改訂版
5.マーラー版

これまで普通に演奏されていたのが第2稿(ベームとか)。最近の録音のほとんどは第1稿(ノリントンやナガノ)。
グスタフ・マーラーの「編曲」であるマーラー版は無視してよい。
そして、弟子の手になると考えられていた「改訂版」も無視してよい存在と思っていたら、実はほとんどがブルックナーの指示による変更で、実質的に「第3稿」と呼ぶべき存在であることを示したのが、この録音なのである。ベンジャミン・M・コースヴェット博士が校訂し、2004年にブルックナー協会が出版した、正統的な楽譜である。
とは言っても、ゆったりのどかなブルックナーではない。「改訂版」は、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、マタチッチなど、超個性的な指揮者の録音しかなかったので、どこまでが曲の個性でどこからが指揮者の個性なのか判然としなかったが、この録音を聴いたら、誰がやってもあんなふうに「コテコテ」になるのだとわかる。
まずは、しょっちゅうティンパニがドコドコいってて、かなり騒がしい。次に、テンポ設定や音量、表情などがこってりと指定されているようで、メロディが厚化粧に聴こえる(指揮者の内藤氏によれば、これまでがすっぴん過ぎたらしい)。余談だが、この辺りのことは、第2稿で演奏したクラウス・テンシュテットが演奏に取り入れているのが興味深い。彼も改訂版世代なのだ。
そして、第3楽章の主部など、音楽を書き換えているところは、かなり劇的になるように変えている。
結果的に「化粧美人」のブルックナーになっている。でも私が好きなのは「すっぴん美人」(笑)。普通の第2稿がやっぱりいいわ。

演奏はなかなか素晴らしい。十分な表現意欲で、きちんと「コテコテ」に演奏してくれている。


アントン・ブルックナー
交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
1888年第3稿 コースヴェット版 世界初演・初録音

内藤 彰 指揮
東京ニューシティ管弦楽団
2005年7月5日 東京芸術劇場大ホールでのライブ録音
DELTA CLASSICS DCCA-0017

2009年06月11日

初心者不可触ブルックナーその1 #8

bruckner8_adagio2.JPG

「初心者触れるべからず」のブルックナー異稿録音シリーズ。当然マニア必聴。

どの作曲家でも推敲は行っているはずだが、ブルックナーの場合、なぜか推敲の前のバージョンと後のバージョンが資料として残っていて、研究者が律儀に両方演奏用楽譜を準備しているおかげで、ブルックナーを聴くという行為自体がとても複雑になっている。
この交響曲第8番の演奏できる楽譜のバージョンは、楽譜が書かれた順に以下のようになる。

1.第1稿(ブルックナーの自筆譜を基にレオポルド・ノヴァークが監修)
2.第2稿(ブルックナーの自筆譜を基にレオポルド・ノヴァークが監修)
3.改訂版(ブルックナーの弟子が修正)
4.ハース版(ブルックナーの自筆譜の第1稿と第2稿を基にハースが再構成)

ハース版は、第2稿(ノヴァーク版)と並び立つ存在と考えるのが一般的だが、わたしは最初の原典版監修者であるロベルト・ハースがアレンジしたものだと思っている。なので、順番は最後に書いた。

そこでこのディスク。1と2の間の時期にブルックナーは第3楽章のアダージョだけを修正している。この自筆譜は1999年に発見され、日本人である川崎氏が「アダージョ第2番」として演奏会用に楽譜をまとめた。これを録音しているのだ。実はこの楽譜が録音されたのは2度目。1度目はエレクトーンによる演奏の録音だった。それが、今回の録音では、初めて普通のオーケストラで演奏されている。
このアダージョ第2番、関係者の多大な努力にもかかわらず、何かオーケストラが間違えて演奏しているようにしか聴こえない、ぎこちない音楽になっている。だが、それこそが、最終的に第2稿として完成させることができたブルックナーの偉大さを証明することにもなる。だからこそ、ブルックナーの8番を聴いたことのない人は、この録音で初めて8番を聴くというようなことは避けてほしいものだ。
演奏は、案外と言っては失礼だが、良い。指揮者の内藤氏は、これがブルックナーの8番を振るはじめての機会だったそうだが、堂々たる名演である。トータルで74分36秒と、テンポは全体に速いが、心地好い快速。オケもプロとしての基本的な水準はクリアし、ブルックナーへの共感も感じさせている。


アントン・ブルックナー
交響曲第8番ハ短調

1,2,4楽章:ノヴァーク版第2稿
3楽章:D.Gault氏と川崎高伸氏編集による、アダージョ第2番の楽譜使用。世界初演。

内藤 彰 指揮
東京ニューシティ管弦楽団
2004年9月4日 東京芸術劇場大ホールでのライブ録音
DELTA CLASSICS DCCA-0003

2009年06月05日

1Q84読了

村上春樹の「1Q84」BOOK1、BOOK2を読み終えた。
う〜ん、困惑。

すでに誰かがブログか何かで書いていたが、謎掛けは謎のまま放り出され、物語としての構造は基本的に破綻している。
これはどう考えても、これで完結しているとは思えない。
普通であれば上巻、下巻であるところが、BOOK1〈4月-6月〉、BOOK2〈7月-9月〉となっていて、半年分。「下巻」という完結する表現を取ってもいない。BOOK3〈10月-12月〉、BOOK4〈1月-3月〉で完結するであろうことを自然と予想させる。
ちなみに、各巻とも主人公が交代しながらの24章で構成されているが、これはバッハの平均律クラヴィーア曲集を模したものだろう。

ともあれ、読んでいていろいろと懐かしい。森だとか、羊だとか、何ちゃらピープルだとか(「TVピープル」という短編(集)があったのを知らないハルキストはいない)、異界へ紛れ込むだとか、昔からの村上春樹の登場人物やら設定やらがわらわら出てくる。
そして、異常にくどく無駄が多く意味のない文章が多く不可思議なメタファーの多い文体もさらに磨きがかかって、うれしい。
意味のない文章とは、例えば、「そんなことはあり得ない」。このファンタジーてんこ盛りのお話の中で、あり得ないことなんてないのに「あり得ない」と書いちゃうなんてあり得ない。それを書いちゃうのが村上春樹の村上春樹たる所以だろう。そういう、あってもなくても本質的に変わらない文章を削ったら、おそらく半分でこのお話は書けてしまう。でも、そうじゃない。その無駄が読むべき部分なのだ。

ところで、このお話の1ページ目にすでにヤナーチェク(村上春樹はヤナーチェックと書いている)という作曲家名、そして「シンフォニエッタ」という曲名が出てくる。同じように、マタイ受難曲の歌詞とか平家物語のとかジャズとかおびただしく引用される。そしてジョージ・オーウェルの「1984年」。なんというか、文学的・文化的素養が試される小説である。と言っても、そういうのを知っていなければ深く理解できない小説というのでもないようなのだが。

いつくるやもしれぬ完結編を悶々と待つことになりそうだ。「カラマーゾフの兄弟」のようになりませんように。
タグ:村上春樹
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