2013年04月13日

村上春樹新作読了

読了。
引用をもって感想に代えさせていただきます。
「細部にまで丹念に気が配られている」
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年P.276より
DSC_0043.jpg
タグ:村上春樹
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2013年04月07日

広響を聴いて思ったこと

6日の夜、民音主催の広響コンサートを聴いてきました。指揮は山下一史。
プログラムはこんな感じ。
・チャイコフスキー/オネーギンのポロネーズ
・グリーグ/ペールギュントの朝
・エルガー/朝のあいさつ
・レスピーギ/リュートのための古風な舞曲とアリア第3番
・ベートーヴェンの運命(と日本では呼ばれている曲)
・アンコールのダニーボーイ

初心者っぽい人がほとんどで結構満席にもかかわらずとてもお行儀のよい「よく訓練された」お客さんだったので、楽章間の拍手もなくピアニシモのところでは極限の静寂で、広響の皆さんもおびえたんじゃないでしょうか(笑)。熱のこもったとても素晴らしい演奏をしていただきました。客層に関しては民音の設立者と何か関係があるのかもしれませんが、一音楽ファンとして妙にアウェーな感じで客席にいた私にはよく分かりません。

演奏を聴いていて思ったことが二つ。

(1)梨花ホールは鳴るのに時間がかかる
弦楽器とホールが共鳴しだしたのがレスピーギあたりから。最後のダニーボーイなんて、弦だけなのにびんびんホールが鳴ってました。これは泣けた。
鳥取市響のように長時間リハをすればいいのでしょうが、プロはそうもいきませんので、リハの前に大音響でホールでCDとか鳴らしといたほうがいいんじゃないでしょうか。

(2)運命のトロンボーンは神
演奏は現代オケの典型のスタイリッシュなスタイルで、いわゆる普通に思い浮かべる運命の演奏でした。
この曲の個々の要素は、ベートーヴェンの時代、つまりハイドンとかの時代、さらにもっと前の時代の音楽様式とそんなに大きくは外れてないと感じたので、もっと「典雅」なやり方もあるのではと思った。
そして、4楽章のトロンボーンの登場はまさに神の登場であり、もっと宗教音楽臭くやる方法もあるのではと思った。最後の審判の部分とか(ブラ3の4楽章の最後の審判はまさにこの運命の4楽章のオマージュなのですな)。
これら二つの要素は、スタイリッシュにバランスよく演奏することで完全に埋没する。すなわち、我々はずっとこの運命という曲を勘違いしているのではなかろうかと思ったのであります。ブリュッヘンの旧盤とかはその辺をうまく処理しているんでしょうか。
今鳥取市響で取り組んでいるブラームスの1番も、特に後者の「神」の扱い方を研究する余地はいっぱいありそうな気がする。とりあえず、ドイツ・レクイエムから波及した楽節の扱い方はようやくこの歳になって腑に落ちました。

以上だらだらと思いつくままに書いてみました。

ところで、レスピーギの音楽があまりに素晴らしくて目頭が熱くなったので、帰りに勢いで泣ける系音楽を聴きたくて佐村河内守の交響曲第1番を買ってしまった。初演が広響ということで、あながち遠くはないかと。聴いてみたら全然泣ける系じゃなかった(笑)。ブルックナーの8番とかマーラーの10番とか3番とかあれとかこれとかのオマージュに満ちた曲のようです。
samuragouchi.jpg

しかし、演奏会場で広響のCD売ってて、ローマ三部作が飛ぶように売れてたが、絶対勘違いして買ってると思う。「全然違う」と怒る人もいるんじゃなかろうか(笑)。
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