2013年08月15日

2013年第60回市民納涼花火大会 at 我が家の屋上

Panasonic LUMIX DMC-FH8。三脚使用。ISO100。
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2013年08月06日

オペラってなんだいな?ちょっぴり贅沢コンサートその3

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コンサートプログラムから、私が執筆した部分を紹介する。これは、《オネーギン》原作者のアレクサンドル・プーシキンの逸話をまとめたもの。

プーシキン変人伝
エフゲニー・オネーギンの原作を書いたアレクサンドル・プーシキン(1799〜1837)は、ロシア文学を一人で確立した天才。文学オタク、女好き、浪費家、短気。ロシア人にとって大きな誇りである作家であり、彼の名を冠した町、美術館、大学が存在する。そんな彼の天才ぶり、変人ぶりを垣間見られる逸話を紹介しよう。
・10代で父の書斎に入りびたり、ギリシャ文学、フランス文学、ロシア文学を読み漁った。8〜10歳のころに書いた最初の詩はフランス語。
・1815年1月8日、15歳のプーシキンに彼の最初の栄光の瞬間が訪れる。リツェイの公開進級試験の席で自作の詩「皇帝村の思い出」を朗読し、詩壇の長老格デルジャーヴィンから抱擁を求められた。これを機にプーシキンの名がリツェイの外まで広まっていく。
・グーベルという人が書いた「プーシキン、ドンファン表」という論文がある。プーシキンがのちにモスクワのウシャーコフ家の令嬢のアルバムに、自分の過去の情熱の対象を、真剣な恋16人、軽い行きずりの相手18人の名前を書きつけた一覧表が元。一覧表の一人目は「ナターリャ」という女性で、おそらく10代半ばの恋。
・プーシキン20代のころ、彼の名声は、予期に付け悪しきにつけ広く知れ渡っていた。オデッサのリツェイの学生、スマローコフの手記。プーシキンのルスランとリュドミラを読んでいると、廊下に足音が聞こえたので、とっさに隠した。足音の主「何を読んでいるのかね」スマローコフ「キケロの演説集です」「プーシキンは読んだことあるかい?」「あの人の作品を読むことは禁じられています」「彼に会ってみたいと思う?」素直に会いたいと答え、詩人のうわさはよく聴いていると言った。「私がそのプーシキンだよ」
・1929年、プーシキンは、従軍旅行に旅立つ直前、一家の古い知人であるフョードル・トルストイの末娘、ナターリャ・ニコラーエヴナに求婚している。当時16歳。
・ナターリャとの結婚式は1831年2月18日。ナターリャは美貌の人と伝えられているが、それ以上の賛辞は何もない。惨事はのちにいろいろある。
・妻は舞踏会で踊りすぎて流産。同じころ、両親の領地は差し押さえられ、弟に借金の肩代わりをさせられ、姉の夫には分け前を要求され…。
・1835年、妻のナターリャはフランス人の青年将校ジョルジュ・ダンテスに入れあげていた。ダンテスは、将校としての勤務ぶりは芳しくなかったが、社交界では目覚ましい成功。「最も美しい近衛騎兵将校の一人」「最も流行の殿方の一人」。
・1836年11月4日、プーシキンの知人友人数人が匿名の手紙を受け取る。「寝取られ男騎士団の上位勲爵騎士たちは(中略)満場一致にてプーシキン市を同騎士団団長の補佐役兼史家に任命」。翌日プーシキンはダンテスに決闘を申し込んだ。
・いろいろ画策されて延期されたが、翌1月27日午後4時半、首都郊外で決闘が行われ、プーシキンの腹部に致命傷、二日後永眠。37歳。

参考文献(引用):池田健太郎著「プーシキン伝」(中央公論社 昭和49年5月30日初版)
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オペラってなんだいな?ちょっぴり贅沢コンサートその2

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コンサートプログラムから、私が執筆した部分を紹介する。これは、曲目解説の第1部。

曲目解説

第1部 ―オペラの歴史―
オペラの歴史を語ろうと思えば、「オペラとは何か」を定義すべきではあるが、今回のコンサートは、オペラとは何かを「感じて」いただくのが目的であり、あまり厳密な定義はせず、とりあえず「歌によって進行する劇」としておく。ちなみに、オペラが担っていた「機能」は、現代ではオペラ、オペレッタ、ミュージカル、映画などが分担して担っている。

オペラは、1600年前後、絶対王政の時代のイタリアに生まれた。富の集中によって、「贅沢」「派手」という性格を与えられた究極の「浪費芸術」としてのオペラが生まれることとなった。最初のオペラが生まれたのはフィレンツェで、神々が登場する(国王の象徴として)ギリシャ悲劇を歌によって復活させようという運動がおこり、これがオペラとして結実した。
実際のところ、ギリシャ悲劇に依る台本であるとしても、演目の根本は「歌と踊りと舞台装置によるショー」であり、筋らしい筋があるわけではなかった。
その中で、現存する世界最古のオペラ、1600年にフィレンツェで作曲・上演されたヤコポ・ペーリの《エウリディーチェ》を最初に演奏する。恋人エウリディーチェの死を悲しんだオルフェオが、地獄に降りて黄泉の国の王プルートに恋人を取り返すべく懇願し、ついには二人そろって地上に戻るという愛の奇跡を描いたものである。
ペーリ作曲 《エウリディーチェ》より
「我静かなる深き溜め息と嘆き」(エウリディーチェ=キム・ヘヨン)
「地獄の扉の中」(オルフェオ=藤田俊介、プルート=ルーベン・ゲルソン、合唱=濱田紗耶加、宮永あやみ、藤田俊介、山岸玲音)

その後、カストラート(去勢により女声の音域を出せるようになった男声)がアイドルとしてあがめられた「歌手の時代」、ドイツの作曲家グルックによってオペラに「気品ある単純と静穏な威厳」を導入した「改革オペラの時代」を経て、浪費によって「国家」の力が弱まる同時に現実に沿った自分たちの芸術を求める市民の意識が高まり、市民が主人公のオペラが作られるようになった。
次に演奏するのは、その時代に劇と音楽を天才的に融和させたモーツァルトのオペラ、《フィガロの結婚》である。ロジーナという妻がありながら、フィガロの娘のスザンナに色目を使うアルマヴィーヴァ伯爵、ロジーナに色目を使う恋多き小姓ケルビーノ、その他大勢の恋模様を描いた傑作である。
モーツァルト作曲 《フィガロの結婚》より
「恋とはどんなものかしら」(ケルビーノ=キム・ヘヨン)
「裁判は勝った!」「わしがため息をついている間に」(アルマヴィーヴァ伯爵=谷口伸)

オーストリア出身の作曲家であるモーツァルトのオペラの多くがイタリア語で書かれたように、それまでの音楽の中心はイタリアであったが、フランス革命と王政復古を経た19世紀前半のフランスのパリに、再び富が集中するようになると、パリがオペラの一大中心地となった。「グランド・オペラ」と総称されるこの時代のオペラは、壮大な舞台装置、豪華な管弦楽と合唱、そしてバレエが一体となった総合芸術であった。ちなみにヴェルディもワーグナーも、「パリ」のためにオペラを作曲している。なお、この時代のオペラは、現代ではそれほど頻繁には公演が行われていない。
その一方で、まずはドイツで国民意識の高まりとともに、自国民のためのオペラが作られた。ウェーバーの《魔弾の射手》である。それを契機に、ドイツ、イタリア、ロシア、ハンガリー、チェコなどで自国民のための「国民オペラ」が盛んに作られるようになった。
1842年に初演されたヴェルディの《ナブッコ》はその一つである。紀元前6世紀のイェルサレムで、バビロニア国王ネブカドネサル(ナブッコ)がヘブライ人を捕囚するが、ヘブライ人の人質となっている娘フェネーナを助けたいがため、最終的にヘブライの神を讃えてヘブライ人を釈放、帰還させる。後に、この中で歌われる「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」はイタリア統一の象徴となって歌われ、今でもイタリアの第二国歌と位置付けられている。
ヴェルディ作曲 《ナブッコ》より
「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」(合唱)
「おお、ここで泣かれるのか?美しい乙女達に」(ルーベン・ゲルソン、合唱)

ヴェルディと同じ1813年(今年のちょうど200年前)に生まれたワーグナーは、ドイツにおいてヴェルディとはまた違った形でオペラを追求した。北欧神話などを題材に、自身が台本を書きおろして壮大な管弦楽を伴って演じられる人のさが、悲劇、ユーモアが混然となった「楽劇」である。特にその圧倒的で魅惑的な管弦楽法によって数多くの「ワグネリアン」と呼ばれる、中には病的なまでに熱狂的な信奉者も生み続けている。
ほとんどが悲劇であるワーグナーの作品の中でただ一作、首尾一貫して明るさに満ちた喜劇として異彩を放つのが《ニュルンベルクのマイスタージンガー》である。ドイツの徒弟制度の時代は、歌手としての資格も民衆の決議で与えられた。ニュルンベルクに立ち寄った放浪の吟遊詩人の新しいスタイルの歌は、最初は伝統的で形式的なものを尊ぶ民衆の拒否にあったが、最後には圧倒的な支持を受け、ドイツのマイスターの精神を全員でたたえるというものである。
ギネスブックにも最長のオペラとして紹介される、5時間に及ぶこのオペラの、最後の3分間の大合唱を演奏する。
ワーグナー作曲 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より
「ドイツのマイスターをたたえよ」(合唱)

参考文献:岡田暁生著「オペラの運命」(中公新書 2001年4月25日発行)
posted by tak at 22:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽的活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オペラってなんだいな?ちょっぴり贅沢コンサートその1

8月3日、1年半も前から準備にかかったオペラコンサートが、無事終了した。このユニークな企画にかかわった一人として総括をしてみたい。

ドイツ、オーストリア、日本で活躍する素晴らしい歌手の皆さんが集い、地元で結成した素人も含む合唱団とともに、トークをはさんで、前半はオペラの歴史のレクチャーとともに送るコンサート、後半はピアノ伴奏ながら本格的な演出を施した「エフゲニー・オネーギン」の抜粋公演を行った。

宮永あやみさんの演出は、オネーギンにおけるロシアの農村を昭和30年代の鳥取に移したもの。宮永あやみさんとドラマトゥルク二人とで、スカイプで議論しながら内容を煮詰め、オネーギンの世界を上手に置き換えられたのではないかと思う。

合唱は、私も歌うのは初めてだが、半分くらいが素人集団。練習の中で、幾度も音程が問題になったが、本番では奇跡的に改善されて、素人の良さも出た力強い合唱ができたのではないかと思う。

演出家、ドラマトゥルクの3人で、前半・後半ともレクチャーを間にはさみながらの公演だったのだが、この台本作りも本当に直前まで、というか本番中も細かく手を入れながら、ぎりぎり冗長さを回避しつつ(アンケートなど長いという意見はたくさんあったが)必要なことをなるべく多く詰め込めたと思う。

歌手の皆さんは、万全の態勢で鳥取に来ていただいていて、練習でも常に素晴らしいパフォーマンスを見せていただけた。それを本番で最高に出せるように持っていくペース配分が巧みで、本番はしびれっぱなしだった。また、オネーギンをピアノ伴奏でやるというとても無茶な要求にこたえたピアニストにも大拍手。

マネジメントの皆さんは、最初は不安いっぱいだったようだが、本当にそれぞれの分担の仕事を頑張り、きちんとやるべきことを成し遂げられたと思う。

個人的には、いろんな仲間ができたとても楽しい練習・公演であり、終わってしまった今はさびしさでいっぱいである。私には珍しく、早く次の練習が始まってほしいと思っている(笑)。まあ次は合唱では出られないのだが。

以下にデータ的なものを。


鳥取国際オペラ オペラってなんだいな?ちょっぴり贅沢コンサート

平成25年8月3日(土)
とりぎん文化会館梨花ホール

主催:ムジークテアター・TOTTORI実行委員会

プログラム
第1部 ―オペラの歴史―
ペーリ作曲 《エウリディーチェ》より
「我静かなる深き溜め息と嘆き」(キム・ヘヨン、濱田紗耶加、宮永あやみ、藤田俊介、山岸玲音)
「地獄の扉の中」(藤田俊介、ルーベン・ゲルソン)
モーツァルト作曲 《フィガロの結婚》より
「恋とはどんなものかしら」(キム・ヘヨン)
「裁判は勝った!」「わしがため息をついている間に」(谷口伸)
ヴェルディ作曲 《ナブッコ》より
「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」(合唱)
「おお、ここで泣かれるのか?美しい乙女達に」(ルーベン・ゲルソン、合唱)
ワーグナー作曲 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より
「ドイツのマイスターをたたえよ」(合唱)

第2部 ―演出の時代―
チャイコフスキー作曲 《エフゲニー・オネーギン》より
【第1幕】
「歩き通しで足が痛む」「小さな美しい橋の上」(合唱)
「こういうのが好きなの」「あぁ、ターニャ!」(キム・ヘヨン)
「失礼とは存じながら」「また会えるなんて」(浦池佑佳、キム・ヘヨン、藤田俊介、谷口伸)
「これが恋の炎!」(浦池佑佳)
【第2幕】
「踊らないのか?」「あなたの家で」(浦池佑佳、キム・ヘヨン、藤田俊介、谷口伸、合唱)
「どこかへ過ぎ去ったのか」(藤田俊介)
「君を敵と呼ぶ日が来るとは」(藤田俊介、谷口伸)
【第3幕】
「恋に年齢は関係ない」(ルーベン・ゲルソン)
「さあ、改めて紹介しよう」「あれは本当にタティアナなのか?」(浦池佑佳、谷口伸、ルーベン・ゲルソン)
「あぁ、タチアナ」(浦池佑佳、谷口伸)


出演者

指揮 高野秀峰 Hidemine Takano
演出 宮永あやみ Ayami Miyanaga
ソプラノ 浦池佑佳 Yuka Uraike
メゾソプラノ キム・ヘヨン Hyeyoung Kim
テノール 藤田俊介 Shunsuke Fujita
バリトン 谷口伸 Shin Taniguchi
バリトン 山岸玲音 Reon Yamagishi
バス ルーベン・ゲルソン Ruben Gerson
コレペティトゥーア(ベルリン) 益子明美 Akemi Masuko
ドラマトゥルク 北川千香子 Chikako Kitagawa
ドラマトゥルク 井上拓也 Takuya Inoue
合唱 ムジークテアター・TOTTORI合唱団
ピアノ 邨上 美子

おまけ
打ち上げでみんなで歌った「小さな橋の上で」
2013-08-03_20-38-43.wav
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