2008年06月20日

こんなCD買ってます その他

20080619HMV.JPG

HMVに注文してたCDが届いた。

●ジョン・ラッターのレクイエム
ミンクス室内オーケストラでやると聴いて注文したが、その後日程的に出演できないことが発覚。でも知らない曲だから聴いておきたいので、無駄ではない(負け惜しみではない、はず)。

●ネーメ・ヤルヴィのチャイ4
BISから継続的に出ているヤルヴィ父のチャイコフスキー・チクルス。6,1,5,2と来て、しばらく間が空いたが、無事順番どおり4が出た。後は3と、マンフレッドも出るといいな。解釈については、以前の京都市響のコンサートで確認済みなので、聴かなくても分かる(?←聴けよ)。

●フェリシティ・ロットのトリスタンの愛の死とか
各方面絶賛の1枚。HMVで告知の瞬間、買うべしと思ったが、ようやく届いた。ロット女史はもちろん、ヴァイオリンのテディ・パパヴラミにも注目。あの凄絶に完璧なバッハの無伴奏ヴァイオリン以降、どう成長したか楽しみ。

その他。
鳥取県総合芸術文化祭の関係で、メイン事業の「音劇(おとげき)」で演出をお願いしている浦田久美子先生と懇談、会食。久々にオーラが出ている人を見ました!
一言一言の重みが違います。
「理想像を持たなきゃいけないけど、そこにすぐに達しようと思ってもダメ。それだと無理が生じる。少しずつ良くしていって、結果的にいいものができるようにしないと。でも、それを採点してはダメ。よかった、と思って終わればいい。でも、良くしていくプロセスが一番大事」
「私は結局こういうことが好きなのね。中学のときからリア王を演出して、舞台でキュー出していたんだもん」
「私は三味線を弾くからよく分かるんだけど、音楽は体なのよね。というか、体を動かすための頭が必要。音楽は筋肉の動かし方、瞬発力、そういうのを制御する運動神経だから」
「体を悪くしていたときに田舎でずっと農作業していたら、なんだかとっても元気になって走り回っていたの。人間は機械じゃないんだから、自然の中で生きていかないとだめなのよね。そろそろ人間もそれに気が付かないと」
「『音劇』のようなものを普通の演劇みたいにせりふで全部やろうと思ったらとっても大変。でも、音楽でそれを表現したらそんなに大変ではない。音楽の『抽象的』な部分がそれをうまく表現するのね」
「舞台で一番大事なのは『品』。それがなかったらとても見てられない」
「舞台には動きが必要なの。演奏者も、ずうっととどまっているんじゃなくて、たまに動くと、舞台に変化が作れるでしょ。そういう、たまに動くのが重要なの」
などなど、もう、含蓄あふれまくりの言葉をひっきりなしにいただいて、なんだかとっても元気になりました。

そんな浦田先生から「あなた、相手がきれいな人じゃなきゃだめでしょ」なんて言われてしまった。「何で分かるんですか」と尋ねても「分かるわよ」としか答えてくれないんですが、何で分かるんですか(笑)。


posted by tak at 00:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 買ったCD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日はお疲れさまでした。音劇、楽しみにしています。

上記の浦田先生のお言葉ですが、「音楽は体」というところに深く頷きました。練習の段階で考察すること、分析することはもちろん必要ですが、やはり演奏は身体的な欲求であることを痛感することが多いです。頭、心と分けてしまうことにも問題がありますが。体が存在する所の意味ってけっこうあなどれない、と思うこの頃なのです。
Posted by ますみん at 2008年06月21日 08:13
どうもお疲れ様でした。
そうなんですよね。体が音楽を作ってくれることもありますね。
Posted by 井上拓也 at 2008年06月22日 21:39
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