2008年10月13日

市響・音劇・賑わい日誌

10月6〜10日
賑わいのまちづくり関連事業で「パークアンドライド」実験に参加。普段より遠いところの、駅前に近い駐車場を借りてもらって、中心市街地を徘徊する、はずなんだが、車を取りに行く(帰宅するわけではない)18:30〜19:00には、あまり中心市街地で利用する店もなく、とりあえずたい焼き食べたり、コーヒー飲んだり。
10日には、芝生ひろば付近で鳥取県総合芸術文化祭東部イベントのチラシ配り。あいにくの雨。それが終わったら、芝生ひろばに出現した飲み屋のテントで飲み食い歓談。2時間もたちっぱなしでしゃべってしまった。愉快愉快。

10月11日
ゲネプロ前まで家でごろごろしたりチェロをさらったり。
合奏前にこんだけチェロをさらうと、合奏も気持ちよい。ゲネプロはいい感じで終了。

10月12日
さわやかな天気。ステリハもさわやかに終了。
本番は、私のレクチャーも上手くいったし、演奏も上々。と言いたい所なんだが、勢いで何とかなっているように聴こえるが、音程もテンポも大雑把。このメンツなら、もっといい演奏ができるはず。「美学」と「配慮」がもう少し足りない。
打上げは楽しい。1次会は「かたつむり」、2次会は「仙味楼」、3次会は花じまんで、終了は日付変わって1時半。
アンケートでも、また奏者の間でも、グリーグの抒情組曲の前に、ピアノ版抒情小曲集を演奏したのがとても良い評判だった。残念ながら私のアイデアでは、1曲ごとにピアノ版→オケ版と比較して演奏したかったのだが、指揮者の意向で残念ながら実現せず。
聴衆は少なくて残念。努力しなきゃ。人が少ないと音響がいいのでお客様にはいい音で聴いていただけたはず、なんて言ってちゃいけないよなあ。

10月13日
二日酔いで目覚め。と思ったら、しばらく布団でごろごろしてたらなんとなくすっきり。なんというアルコール分解能力の高い肝臓だこと。
9時過ぎにがんばって目覚め、初の一般公開といわれる、民芸復興の祖、吉田璋也の実家の吉田医院の見学に行く。なにせ、今日1日だけ、10〜17時だけ、だから、練習前に行くしかない。
10時ちょうどについてみると、おびただしい人の数。100人くらい?みんなまちこがれていたんだなあ。さすが民芸の雄、品の良い調度・内装で、美しく保たれていたのが奇跡的でした。もったいない!
11時過ぎにとりぎん文化会館リハーサル室で、「音劇」のチェロと箏の合わせを練習。ウォーミングアップなしでぼろぼろ。恥ずかしや。
13時から、「音劇」のオーケストラ練習。大場陽子さんという東京の作曲家が書いた新作なんだが、なかなか面白い。
出席者が少なく、指揮者と元団長から「井上が責任を持って練習に来させろ」とちくちく言われる。めっちゃブルーになる。
家に帰って、「音劇」出演者の名簿整理。
マンガを読んだり、こんな仕事をしているうちにブルーな気持ちもさっぱりした。なんと気楽な性格であることよ。


10月12日の定期演奏会でのレクチャー原稿を載せておきます。当日しゃべったのはこれとは少し違います。

2008 鳥取市交響楽団第30回定期演奏会レクチャー原稿

「コリオラン」
皆さま本日は私ども鳥取市交響楽団の第30回定期演奏会にようこそおいでくださいました。今年もまた、演奏に先立ち、曲の解説をいたしたいと思います。
まず1曲目はベートーヴェン作曲のコリオラン序曲です。これはベートーヴェンがコリオランの物語に触発されて書いた曲で、物語の上演のための序曲ではなく、物語の雰囲気を音楽にしたものをとりあえず序曲としているんですね。後の時代であれば「交響詩」、シンフォニックポエムというようなジャンルにしたのではないかと思います。
さて、コリオランの主題を聴いていただきましょう(Aから全員で、27小節目まで)。
次に母と妻の主題(52小節目から、伴奏なしでメロディーのみ、59小節目まで)。
そのほかにもいろいろとメロディが出てきますが、おおむねこの素材が使われています。
そしてこの曲でユニークなのは終結部。テンポは変わらないのに音楽は遅くなっていきます。ちょっと見ていてください。(297小節目から、チェロのみ、304小節目まで)。
それでは、聴いていただきましょう。

抒情組曲
続いてグリーグの抒情組曲です。この曲は原曲がピアノの独奏曲でして、実際にピアノの演奏と対比して聴いていただきたいと思います。全曲を両方の版で演奏すると大変な長さになりますので、2曲目と3曲目だけ全曲をピアノでも、1曲目と4曲目は最初の部分だけ聴いていただきます。どこで拍手すればいいんだろうと思われるかもしれませんが、一番最後にまとめてしていただければと思いますので、よろしくお願いします。
まずは第1曲羊飼いの少年。羊飼いと聞くと、野原の真ん中でのどかそう、なんて思うかもしれませんが、ヨーロッパ音楽に出てくる羊飼いのメロディは、孤独にさいなまれ、常に切ない音楽です。ピアノで冒頭の部分を、続いてオーケストラで演奏します。
第2曲、ノルウェー農民の行進曲。ノルウェー語で「ガンガル」と書いてあるんですが、一語だけで「ノルウェー農民の行進の踊り」を表しちゃうんですね。これはとてものどかな楽しい曲です。ピアノで全曲、続いてオーケストラで演奏します。
第3曲、夜想曲。夜、静かに思いにふけります。遠くから鳥の鳴き声が聞こえます。ピアノとオーケストラでそれぞれ全曲演奏します。
最後の曲、トロルの行進。トロルっていうのは、ちいちゃな鬼みたいな森の精霊ですね。あちこち飛び回って、大騒ぎします。ピアノで冒頭の部分だけ、続いてオーケストラで演奏します。


ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
この曲には解説すべきことはたくさんあるんですが、全部説明するのは大変なので、二つのことだけ説明します。
まずは、この曲の現代的な部分について説明しましょう。ショスタコーヴィチは20世紀の作曲家なんですが、19世紀の音楽と大きく違うのが、調性の考え方だと思います。この曲は比較的何調というのが明快な曲なんですが、間あいだに奇妙な音階が挟まっているんです。
最初にハ長調の音階を弦楽器で聴いていただきましょう(弦楽器で、23の1小節前の2拍目のCの音から1オクターブのハ長調のスケール)。
次にこれを聴いてください(弦楽器で、23の1小節前の2拍目のCの音から1オクターブの全音音階)。何か奇妙な音階ですね。実はこれは全音音階と言って、普通の音階には半音の幅の部分、ミとファ、シとドがあるんですが、この音階は全部が全音の幅でできているんです。実際に曲の中で1箇所これが完全に出てくるところがあるので、演奏してみましょう(23の2小節前の3拍目から次の小節の4拍目の頭の音まで)。違和感がありますよね。こういう違和感が全曲に渡って出てくるんです。
第2楽章にはこういう形で出てきます(57の5小節前、音階の人のみ1小節間)。曲の流れで聴くとこうなります(57の6小節前の2拍目から、全員で3小節前の2拍目まで)。
この音階、なんか嫌な気がしませんか。私はこれは、政府が民衆を弾圧したり監視したりしているんだと思っています。
次に、引用。ブルックナーやリヒャルト・シュトラウスが自分の曲を引用することがありますが、それは思い出に浸っているだけです。それと違って、ショスタコーヴィチの引用は、明確な意味があります。知っている人にだけ意味を伝える暗号なんです。
まずは第4楽章。冒頭の音型が曲の最後に長調に変化します。まずは4楽章冒頭(冒頭の3小節目のアウフタクトから、金管のみ3拍目まで)。曲の最後(131の3小節目の4拍目から、金管のみ6小節目まで)。これは元をただせばこの曲なんです(ハバネラ、全員で4小節間)。カルメンが「ご用心なさいよ」と歌う場面です。明るい楽想になったことで喜びを表すなどと信じてはいけません。これは、民衆が抵抗をあきらめ、本心を隠して政府に付き従うことを決意したしるしだと思っています。しばらくすると、みせかけの明るさが揺らぐ場面があるので、45分後くらいにこの場面が出てきたら、注意して聴いてくださいね。
このように、ショスタコーヴィチはいろんな仕掛けをめぐらしてこの曲を作っています。どうぞゆっくりお楽しみください。


ラベル:オーケストラ
posted by tak at 22:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽的活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
市響定期のアンコールを書き忘れていた。

セルゲイ・プロコフィエフ作曲
バレエ音楽「ロメオとジュリエット」第3組曲より第5曲「オーバード(朝の歌)」

よく○○の曲の後にアンコールはしちゃダメだ、みたいな意見があって、マーラーやブルックナーの9番なんかはそうだと思うし、このショスタコーヴィチもそんな気がする。「この悲劇の後に何を語れというのか」と。
ただ、唯一、この「朝の歌」だけはなじむと思う。
ロメオもジュリエットも死んでしまう悲劇の前の、朝のさわやかな情景が、その悲劇を知っていればこそはかなく感じてしまう。これは全曲版のマンドリンソロより、組曲版のオーボエソロこそが曲のはかなさを表現しうると信じている。
というようなことを、アンコールの前にしゃべりたかったんですが、さすがにそれはやりすぎですよね。
Posted by 井上拓也 at 2008年10月20日 00:45
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