2009年06月14日

初心者不可触ブルックナーその4 #5

bruckner5kawasaki.JPG

「初心者触れるべからず」のブルックナー異稿録音シリーズ、完結編。
交響曲第5番は、このシリーズの大本命。5番ファンは必ず聴くべし。

従来、交響曲第5番は、1878年の決定稿と、弟子に無残に編曲された改訂版しか知られていなかった。
ところが、最近になって1876年の初稿、と言うよりは、暫定完成版、あるいは未定稿とでもいうべき楽譜を日本人の研究者が研究し、初稿としてまとめたのだ。

ブルックナーが交響曲第5番を書いた時期は、交響曲第1〜4番の作曲と修正も並行して行っている。

1873年 第2番初稿
1873年 第3番初稿
1874年 第4番初稿
1876年 第5番初稿
1877年 第2番第2稿
1877年 第3番第2稿
1878年 第4番第1〜3楽章第2稿
1878年 第5番決定稿
1880年 第4番第4楽章第2稿

ブルックナーが「産みの苦しみ」を味わい、初期の原始的な荒々しさから、中期以降の端整な構築性に自身の様式を昇華する力を蓄えた、重要な時代である。

第5番は、弟子が直した改訂版を無視すれば、実質的に1種類しか楽譜がなく、それがまた完成度が高い(しばしば建築物に例えられる)ために、作曲の苦労などを感じることはなかったのだが、この初稿を聴いて、ブルックナーの改訂の技の素晴らしさを改めて認識できた。
ここでごく一部内容を確認できる。http://www.abruckner.com/downloads/curiosities/whataretheyplaying/
第5番の特徴として、同じ音型の繰り返しがある。例えば、第3楽章冒頭15小節目から6回、ティーラーララティーラーララティーラーララティーラーララティーラーララティーラーラララン、というふうに、くどいくらいおんなじ音型を続けるのだが、初稿では7回ある。4楽章コーダ前の、ほとんど全部曲が8小節単位でできているブルックナーの作品の中で、例外的に7小節で次のパッセージに行く有名な部分が、初稿では同じことを繰り返して8小節単位になっている。このように、決定稿に慣れている身には、多すぎたり少なすぎたりして聴こえるのだが、むしろ、これまでくどいと思っていたこの繰り返しの回数が、決定稿ではまさにちょうどいい回数だけあったのだということが、初稿を通じて認識できる。
そして、バス・チューバがないこと。冒頭のコラールやコーダが軽くて仕方がない。

もうひとつ、このCDの重要なのは、指揮の内藤氏が寄稿した文の中で、「既存の演奏は、本来2分の2拍子で書かれた冒頭部分が改訂版で4分の6拍子に書き改められたために、その伝統を引きずって、主旋律のリズムの狂いや歪みを生じている」と述べている点。
第2楽章冒頭は、2拍3連の弦のピツィカートに乗って、オーボエが2分の2拍子の旋律を吹く。
記譜は、下記のようになっている。

例1
↓オーボエ
タ――タ―タ―|タ―タ―タ―休
タンタンタンタンタンタン|タンタンタンタンタンタン
↑弦

しかし、たいていの演奏は以下のように、オーボエが3連符を意識して演奏している。

例2
↓オーボエ
ターーターーターー|ターーターーター休
タンタンタンタンタンタン|タンタンタンタンタンタン
↑弦

これが改訂版の呪縛だと主張しているのである。なるほど、従来の遅すぎるテンポ設定への批判とあわせてもっともなことだと納得できるのだが、残念なことに、この演奏でもリズムの歪みは残っているのである。
実は、これを完全に例1のように記譜どおりに演奏しているのが、オトマール・スウィトナーが指揮した、シュターツカペレ・ベルリンの演奏。ちゃんと演奏した実例があるのだから、主張どおりちゃんとしてほしかった。

ともかく、演奏の水準は高く、この貴重な初稿の演奏の価値を過不足なく伝えている。

というわけで、ブルックナーの異稿シリーズは、DELTA CLASSICSから出ているのは、これでおしまい。0番の初稿は残っていないだろうし、ほかの曲も、すでに知られている以外の異稿はないであろう。


アントン・ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調
川崎高伸校訂による1876年初稿、初演・初録音

内藤 彰 指揮
東京ニューシティ管弦楽団
2008年12月17日 東京オペラシティ コンサートホールでのライブ録音
DELTA CLASSICS DCCA-0060


ラベル:ブルックナー
この記事へのコメント
はじめまして。
内藤彰の検索をしていたらこちらにたどり着きました。
愚版のご紹介を賜りあつくお礼申し上げます。
ひとことご挨拶を申し上げます。
Posted by 川崎高伸 at 2009年06月29日 14:04
拙ブログにご来場いただきありがとうございます!校訂者自らのおいでに恐縮しております(汗)。
本当に貴重なディスクだと思います。発売にこぎつけられたことを一ブルックナーオタクとして感謝しております。
Posted by 井上拓也 at 2009年06月29日 21:25
ありがとうございます。
《第五交響曲》の初稿についてはデルンベルクの評伝以来、その存在と再現不可能なことは知られていたものの、誰かが私がやったようなことを実現してくれると待っていたのですが、誰も手を付ける人はいませんでした。
幸い内藤先生に取り上げていただくことになり(なかなかこういうことをしようとする指揮者はいないものです)、ヴィーンから自筆譜コピーを取り寄せ一年がかりで作り上げたものです。
自筆稿からの初稿の完全再現は無理ですが、たどることの出来るものを出来る限り掬い上げて作り上げたものです。
私の版はマルテの《第三交響曲》のような編集者の加筆はありません。全て自筆稿に由来するものです(誤読はあるかもしれませんが)。
1つ質問があるのですが、ミンクスという名を掲げた団体に関係しておられるようですが、これはバレエ作曲家のミンクスを意味するのでしょうか?
といいますのは、私は現在《白鳥の湖》を調べていますが、ミンクスについて疑問が1つあるのです。
Posted by 川崎高伸 at 2009年07月01日 09:06
川崎様
申し訳ないことに、私も団体名の由来を知らないのです。所属してから日が浅いことと、団体内でも名前の由来について話題になる機会があまりないもので。おそらく作曲家のミンクスからとったものと思いますが、あまり深い意味はないような気がします。したがって、ミンクスについて詳しい団体というわけでもないのです。
Posted by 井上拓也 at 2009年07月02日 08:38
そうですか。
もし、面白い由来話でもあったら
貴ブログに掲載していただければ
ありがたいです。

また私のHPへもお立ち寄りいただければ
嬉しいです。メール欄もあります。

http://www.cwo.zaq.ne.jp/kawasaki/MusicPot/index.html
Posted by 川崎高伸 at 2009年07月04日 10:23
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