2011年05月29日

5/22 Leipzig

このたびの旅行で、コンサートのチケットを確保していたのは、マーラー・フェスティバルのシュターツカペレ・ドレスデン、MDR交響楽団、バイエルン放送響、コンセルトヘボウの4公演分だけだった。
現地に着いて、F夫妻といろいろスケジュールを話してみると、F夫妻の関係するコンサートが2つあり、トーマス教会のモテット、さらには、A美さんのお知り合いから、マーラーフェスの日曜の夜の公演であるゲルギエフとロンドン響のチケットまで手に入り(110ユーロのが80ユーロで買えた)、日程的にも全ていけることが判明した。

従って、土曜に続いて、日曜もトリプルヘッダーである。

朝はゆったりと起き、朝の中心街を歩く。日曜はお店が閉まっているし、朝早いので、前日や前々日の喧騒がうそのようである。
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ところで、今回の滞在では、街中のいたるところにマーラー・フェスティバルの告知の看板やモニュメントが設置されていた。やはり相当な力の入れようであった。
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10時過ぎにはゲヴァントハウスへ。
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2011.5.22 11:00 Großer Saal, Gewandhaus zu Leipzig
Gustav Mahler
Totenfeier
Das Lied von der Erde

Royal Concertgebouw Orchestra
Dirigent: Fabio Luisi
Solisten: Anna Larsson, Alt
Robert Dean Smith, Tenor

コンセルトヘボウ・オーケストラ初体験で、とても期待していたし、ファビオ・ルイージとの相性はどうだろうかと不安もあったが、いやはやどちらも千両役者。ソリストともどもとてつもない音楽体験であった。

まず前半は交響詩「葬送」。いわゆる交響曲第2番の第1楽章の初期稿である。演奏したことあります(自慢)。
冒頭から緊密なアンサンブルで見事に引き締まった音楽が鳴り始める。一切緊張感が途切れず、20数分の音楽が一つの交響詩としてきちんと完結した充実感を得ることができた。

今回の一連のコンサートで始めて「休憩」というものがあり、うろうろしていたら、みんなどんどんベランダに出ていた。出てみると、晴れた日の昼前の爽やかな風が心地好い。
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休憩後は大地の歌。生では初めて聴く。オーケストラを横から見るような席のため、ソリストの、特にテノールの声を背中側から聴く形になり、歌がどうだったかをきちんと評することはできない。オケは、歌のバックを務めても雄弁で、バランス感覚も見事であり、世界最高の「大地の歌」を聴くことができた。さらに6楽章では、アルトのアンナ・ラルソンが一人で作り出す広々と荒涼とした世界を、コンセルトヘボウがさらに雄弁に肉付けし、まるで映像を見るような立体感。オケが奏でるパッセージはまるで古今のあらゆる音楽の引用であり、そうした音楽からの別れであるように、この曲が聴こえてくる。
そうした世界を完璧に統御したファビオ・ルイージも、見かけは銀行マンのようだけど音楽性はとんでもなく深いと見た。
コンセルトヘボウの個々のプレーヤーは、個としてのソリスティックなプレーが完璧で、ちょうどよい音量、ちょうどよいアクセント、素晴らしい歌心で、どのパートも全く問題のない素晴らしい人たちばかりであった。そんな人が集まったテュッティはまた、見事な協調性で、まさに参りましたと言うよりほかない。

コンサートが済んだらすぐに出て、ホールのすぐ近くにあるイタリア料理の店に入った。セルフ方式みたいで、とりあえずサラダを頼んだら、巨大なボールに一杯の野菜、さらに大きなパンが四切れ。パスタも食べようと思ったけどこれでもう十分。ビールとあわせて10ユーロもしなかった。
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ごはんを食べたら、時間があるので街をぶらぶら。29℃と暑い日であった。
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中央駅から4番のトラムに乗ってStallbaumstrasse駅まで行き、歩いてSchlösschenへ。
F夫妻のS介君の声楽の先生がピアノを弾き、A美さんの同僚でもあるライプツィヒ・オーパーの合唱団であったりソリストであったりする人が歌うコンサートを聴きに。

Sonntag, 22, Mai 2011, 15 Uhr, Gohlischer Schlösschen
Eine musikarische Reise durch Italien
Livia Seidel, Soplan
Taejin Cho, Tenor
Karl-Hainz Müller, Klavier
Bernhard Biller, Rezitation und Moderation

シュロスヘンは、ちゃんと観光地図にも出ていて、日本語版ではゴーリス小宮殿と紹介されている。そのまんまやね。たたずまいといい、規模といい、中に関連する古ぼけたもの(失礼)が展示されているところといい、ちょっと前まで草ぼうぼうで放置されていたところといい、鳥取の仁風閣によく似ている。
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今回のコンサートは、シュロスヘンの独自企画であり、月に数回はコンサートを開いているようである。客席数60。チケット代は15ユーロ。

ソプラノの人は合唱団員だが、日本でならすぐソリストだろう。テノールの人は韓国人で、日本でならスーパースターだろう。歌心と声量が素晴らしい。本当にしびれてしまった。ピアノ伴奏を務められたライプツィヒ歌劇場のコレペティトゥーアのビラーさんも、素晴らしい歌にあふれたピアノで、すっかりと楽しんだ。あの大地の歌のあとでも、何の不満もありませんでしたよ。
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家に帰って時間調整。MNOZILという金管バンドのコンサートのDVDを見せてもらって、すごく面白かった。

7時には家を出て再びゲヴァントハウスへ。チケットは2枚確保できたので、A美さんと一緒。S介君はよく朝早いので自宅で休養。
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2011.5.22 22:00 Großer Saal, Gewandhaus zu Leipzig
Gustav Mahler
Adagio aus der 10.Siofonie
Sinfonie Nr.1 D-Dur

London Symphony Orchestra
Dirigent: Valery Gergiev

そういえば、ゲルギエフのマーラーは、10年ほど前、池袋の芸術劇場で、キーロフ歌劇場の演奏で「復活」を聴いたことがある。あれは野性味あふれる演奏であった。

今回はどうか。
しかも、あの「大地の歌」の後で、イギリスのオケでマーラーを、しかもタイタンごときを聴いて楽しめるものだろうか。

杞憂であった。

まずは10番の1楽章。クック補筆の全曲盤のとはずいぶん違うんですね。
演奏は、ああ、懐かしいマーラーだなあというもの。しかも極上の。どういうことかというと、この4日間で、慟哭系を通り過ぎ、完全バランスゴージャス系を通り過ぎた、ある意味世界最先端の、俊敏系の演奏を立て続けに聴いて、なるほどこれが今のマーラーかと感嘆した後に、1つ前の時代のゴージャス系を聴いたという感じなのだ。

休憩はまたもやベランダへ。夕風も心地好い。
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タイタンも同様にゴージャス系、というかノーブル系。全てがバランスし、エッジは効きつつも常に美しいアタックで音楽は進行し、最後の最後にはきちんと見事に爆発する。
しかも何がおかしいって、出てくる音はゴージャス系なのに、指揮者は一人で野獣系なのだ。手はプルプル、息音は激しく、しかもたびたびギーギーうなる。指揮を見ててもどうやってザッツを合わせればいいのかぜんぜん分からない。見てるだけでおかしくてしょうがない。
今さらタイタンでこんなに感動するとは思わなかった。

例によっていつまで見られるか分からないけど、動画配信されています。
http://liveweb.arte.tv/de/video/Mahler-Festival__Totenfeier___das_Lied_von_der_Erde_unter_der_Leitung_von_Fabio_Luisi/
http://liveweb.arte.tv/de/video/The_London_Symphony_Orchestra_spielt_das_Adagio_aus_der_10__Sinfonie_und_1__Sinfonie_D-Dur/
http://www.mdr.de/mahler/

家に帰ってカレーライス。お代わりもした。満腹。明日は多分F夫妻に会えないので、感謝の意を伝え、就寝。明日は帰国の途。


posted by tak at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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