2006年10月13日

ドホナーニ/WPh/リヒャルト集

dohnanyi_wph_strauss.jpg

ヤフオクで調達。
ヤフオクは「評価」をしなくちゃならないので、とりあえず聴かねばならぬ。HMVで買ったCDよりも先に。

ドンファン。中間部までは、指揮者なんかいなくてもこんだけ音楽作れるんだよ、とウィーン・フィルが言っているかのように、オケ主導。この曲に関しては、ウィーン・フィルのメンツは誰でも指揮者なしで最初から最後まで普通に演奏できるだろう。それくらい曲をよく分かっているという音が出ている。そして、指揮者の音は聴こえない。
ところが、後半に差し掛かると、なんだかオケがどんどん煽られて興奮して、大騒ぎの演奏になっている。それでもウィーン・フィルのメンツは言うだろう。「いや、ちょっと興奮しちゃったんだよ」と。指揮者と関係なしに。
でも、指揮者と関係なしに勝手に盛り上がれるものではない。どんな方法かはよく分からないんだが、ドホナーニが何か「ツボ」のようなものを押さえたのではなかろうか。それで煽られてしまったと。

メタモルフォーゼン。もちろんこの曲もウィーン・フィルにとってはなんということもなく普通にいつでもできる曲だろう。そういう自由さが横溢している演奏だ。それでも、曲が進めば進むほど、目に見えないレールの上を快適に走っているような印象が強くなる。もちろんそのレールを敷いているのはドホナーニだ。奏者すら気が付かないように自然なレールの敷き方。

死と変容。最初から興奮気味。収録順もこの曲順どおり最後だったのだろうか。ちゃんと指揮者との共同作業になっている。印象的なのがティンパニ。ここぞというところできっぱりと叩く、この叩きっぷりは爽快だ。終盤ではどんどん練れた音が出るようになり、サウンドとしての一体感も増してくる。そうでありながら、「べ、べつに指揮者に感動しているんじゃないんだからね!」みたいな不思議なツンデレっぷりが感じられる。

ところでこのCD、反射防止剤だかなんだか、緑の塗料がディスクのふちに塗られている。見た目が非常に禍々しい。とりあえず普通にディスクはプレイヤーにかかるし、比較のしようはないながらも音は普通だ。その分だけ値段は安かったからいいんだが、こういうのってなんなんだろうね。


Christoph von Dohnányi
Wiener Philharmoniker

Richard Strauss
Don Juan, op.20
Metamorphosen
Tod und Verklärung, op.24
DECCA, 1989.12.18-21, Musikvereinsaal, Wien


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