2006年10月16日

「こほろぎ嬢」

kohorogijo.JPG

尾崎翠原作、浜野佐知監督の映画である。

傑作!

この映画には二つの側面がある。

側面その1
映画「こほろぎ嬢」は、100年早く生まれすぎた鬼才(と言っていいのか?)尾崎翠の小説「歩行」「地下室アントンの一夜」「こほろぎ嬢」をいささか居心地悪くつなげた作品である。
複数の小説を1本の映画にまとめたものと言えば、レイモンド・カーヴァー原作、ロバート・アルトマン監督の「ショートカッツ」を思い出す。あれは登場人物が本来共通しないのでやはり居心地の悪い作品なのだが、こちらは、どうも登場人物に共通性があるのにもかかわらず居心地が悪い。
居心地の悪さは狙ったもののようだ。原作はもっとそれぞれ関連性も深く、完結感もある。
そもそも誰にでも分かる作品ではない。
クシシュトフ・キェシロフスキとか、アンドレイ・タルコフスキーとか、テオ・アンゲロプロスとか、ビクトル・エリセとか、そういう監督の作品を一度でも見たことがなければ相当戸惑うのではなかろうか。
キェシロフスキ・ファンの私にはとても興味深い作品だった。おそらく尾崎翠の作品内の文章をほとんど脚本に生かしているのだろうが、そもそもの象徴主義的映像を象徴主義的文章に上手くマッチさせている。
また、非常にシリアスな会話であり映像であるのにコメディのように笑いがこみ上げてくる。
ちょっと変わった人たちがちょっと変わった会話ばかりしているのだが、その言葉のひとつひとつがずいぶん独創的に世界の断面を切り開いて見せつけている。それが見る人のもやもやとした心を開き、涼風にさらしてくれるような爽やかさがある。

側面その2
これは、鳥取県とか鳥取県民とかが大いに協力して成立した作品である。
ロケはすべて鳥取県内。建物内の撮影も、県内の建物に小道具とかを持ち込んで撮っているようだ。
尾崎翠が過ごした100年前の時代設定なのに、映像を見ているとほとんど現代を連想させるものは写らない。ドアップが多いとはいえ、鳥取もたいしたもんだ。
ただし、映画では環境音を全く録らず、ほぼすべてアテレコと効果音かなんかで音を入れている。これは、動物学実験室の玄関のシーンは旧国道29号に面していて車の音が入るし、仁風閣の昼の撮影では必ず隣の鳥取西高の吹奏楽の練習の音が入るからだ。
それはともかく、この映画の撮影に使われた場所をめぐる「こほろぎ嬢ロケ地ツアー」なんてやったら、自然好き、時代的建築好きに相当受けるんじゃなかろうか。ぜひツアコンをやりたいものだ。

浜野佐知監督が来てらして、上映前にあいさつされ、上映後はサインをされていたので、私もしていただいた。
私の名前も書いていただけるとのことで、名前を聴かれて「たくや」と答えて、「手偏に石」と思った瞬間「ひょっとしてこれ?」とその字を書かれた。「也」の方も「何円也」の「なり」って言おうとしたら、もう書いている。心が読めるのか?そんなことができてもおかしくないような、感受性の強そうな方だった。
写真は、パンフ(サインしてもらった)と、赤っぽいのは漫画化した小説である。

鳥取県が協力したので鳥取先行上映のようで、これから全国で放映されるかもしれない。上記の「難解系」監督が好きな方にはぜひ見て欲しい。赤い表紙の漫画(1,000円)が売ってあったらそれも買うべし。同じものを全く違う世界観で描いてあって、「なるほどこれも世界の裏表」と納得できる。


ラベル:日記
posted by tak at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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