2007年01月05日

ジルベスターとニューイヤー

普通に日本で新年を迎える日本人のクラオタにとって、新年のメインイベントと言えばベルリン・フィルのジルベスター・コンサートとウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートということになっている。

最近はだいたい毎年リアルタイムで見ているんだが、今年はどちらもとても良かった。

まずはベルリン・フィルのジルベスター・コンサート。リヒャルト・シュトラウスのドンファンは、「暗譜でも弾けるよ」みたいな、オケの慣れっこ感が素晴らしい。指揮者が何をどうしようと自分の音楽を奏でる。オケの醍醐味だなあ。
モーツァルトのピアノ・コンチェルトは、ラトルの意図が十全に伝わっているのか、ちょっとないくらい激しい音楽で、内田光子が恐れおののいているような表情をしているように見えたのが面白かった。「こんなのモーツァルトじゃない」という意見もあるだろうが、ここまで徹底された表現は聴いていて心地よい。
内田光子もいいなあ。お○ば○のような表情で凄い演奏をする。
薔薇の騎士は、オケに関しては、なんだかやかましくて、なんか違うんじゃないかなあという違和感がずっとぬぐえなかった。各楽器をピックアップしてまとまらないミキシングにも問題があったように思った。
歌手はみんなすばらしいという以上のことは私には言えません。夢のような世界。
このコンサートの2日前の同じプログラムについて、プロの指揮者の感想が以下のブログに書かれてます。
http://qchan-dirigent.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_8744.html

ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは、メータが良い。もう70歳なんですね。それにもかかわらずというか、とてもリキの入った指揮。出てくる音楽はピリッとしつつもやさしい音楽で、極上の娯楽。ウィンナ・ワルツなんだからこれでいいんじゃないでしょうか。昨年のマリス・ヤンソンスの「鋼鉄の音楽」が苦手なもので。
曲は、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「ディナミーデン」が妙に深みのある音楽で良かった。薔薇の騎士のワルツの本ネタなんでしょうかね。ヨーゼフの曲は、たいてい娯楽的でない深みがあって面白い。しかし、ヨーゼフばっかりのCDつくったら肩凝るかもな。
来年のニュー・イヤーはすでにWPhの公式サイトのトップページでジョルジュ・プレートルが指揮することがアナウンスされている。
http://www.wienerphilharmoniker.at/
最近のプレートルといえば、WPh団員の方のブログのこの記事が印象的だ。
http://kwien.exblog.jp/4234771
薔薇の騎士でも怒りまくりのリハーサルなら、ウィンナ・ワルツでもたいへんだろうな。それでも毎年定期で振るということは信頼が厚いんだろう。ごく最近のブラームスの3番とかでも、彼にしか思いつかないような個性的な解釈で、でも「これしかない」と思わされる素晴らしい演奏だった。
それでも来年はもう83歳。元気で指揮台に現れることを祈ってます。


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