2007年01月10日

ショルティのバルトーク

solti_bartok.JPG

ショルティの芸風を、ずっとアンサンブルをぎちぎちに固めて、ギンギンにでかい音で演奏させるだけの指揮者だと思っていた。たとえば、晩年のベルリン・フィルとのリヒャルト・シュトラウスとかシカゴとのブルックナーはそんな感じだった。
しかし、高校生の頃知人の家で聴いたブルックナーの9番はやわらかい演奏だった記憶があって、このバルトークはまさにその「やわらかい」演奏だった。ただし、81年録音のものだけ。

音量がそれほど大きくない部分での表情が濃密で、アンサンブルがねっとりと絡み合い、音の行間に雰囲気が漂う。
舞踊組曲では「ノリ」を感じさせる。
木管のソロは常に美しい。音程は常に良い。
オケコンの5楽章の冒頭の速いフガートとか、アンサンブルが完璧というわけではない。むしろきちんと合わせることに力点を置いてないように感じる。
金管の活躍する場面では強烈なフォルテでその力量を十分に発揮させている。まさに胸のすく演奏だ。
結局のところショルティもヨーロッパの人間だということなのだろう。とくに管楽器のソロが活躍するような場面で、微妙なテンポの揺らしやアーティキュレーションを示唆することで、「バルトークらしさ」を現出せしめているようだ。

弦チェレではそういったことが少し希薄になっていて、代わりに「ギンギン」度合いが強くなっている。

ショルティのこの「柔らかさ」の部分は他の曲でも感じられるだろうか。晩年の演奏でも、シカゴとのマイスタージンガー全曲は、「柔らかい」演奏だった。マーラーの悲劇的など、常に「ギンギン」の演奏として語られるが、本当なのかな。一度ちゃんと聴いてみなければ。


Sir Georg Solti
Chicago Symphony Orchestra

Béla Bartók
Concerto for Orchestra, Sz 116
Dance Suite, Sz 77
1981.1
Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz 106
1989.2-11

Orchstra Hall, Chicago. DECCA


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posted by tak at 01:05| Comment(1) | TrackBack(0) | バルトーク・ベラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コーホー氏がたっぷり先入観を植え付けてくれて全然聴かずにきてしまっていました。今日悲愴を聞いたけど、柔軟な歌がたっぷりあっていい演奏でしたよ。

カラヤンとか同年齢のマルケヴィッチとちがって、「オレはこう思う」というのを表には出さない人だったようですけどね。
Posted by gkrsnama at 2013年04月09日 01:15
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