2013年08月06日

オペラってなんだいな?ちょっぴり贅沢コンサートその2

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コンサートプログラムから、私が執筆した部分を紹介する。これは、曲目解説の第1部。

曲目解説

第1部 ―オペラの歴史―
オペラの歴史を語ろうと思えば、「オペラとは何か」を定義すべきではあるが、今回のコンサートは、オペラとは何かを「感じて」いただくのが目的であり、あまり厳密な定義はせず、とりあえず「歌によって進行する劇」としておく。ちなみに、オペラが担っていた「機能」は、現代ではオペラ、オペレッタ、ミュージカル、映画などが分担して担っている。

オペラは、1600年前後、絶対王政の時代のイタリアに生まれた。富の集中によって、「贅沢」「派手」という性格を与えられた究極の「浪費芸術」としてのオペラが生まれることとなった。最初のオペラが生まれたのはフィレンツェで、神々が登場する(国王の象徴として)ギリシャ悲劇を歌によって復活させようという運動がおこり、これがオペラとして結実した。
実際のところ、ギリシャ悲劇に依る台本であるとしても、演目の根本は「歌と踊りと舞台装置によるショー」であり、筋らしい筋があるわけではなかった。
その中で、現存する世界最古のオペラ、1600年にフィレンツェで作曲・上演されたヤコポ・ペーリの《エウリディーチェ》を最初に演奏する。恋人エウリディーチェの死を悲しんだオルフェオが、地獄に降りて黄泉の国の王プルートに恋人を取り返すべく懇願し、ついには二人そろって地上に戻るという愛の奇跡を描いたものである。
ペーリ作曲 《エウリディーチェ》より
「我静かなる深き溜め息と嘆き」(エウリディーチェ=キム・ヘヨン)
「地獄の扉の中」(オルフェオ=藤田俊介、プルート=ルーベン・ゲルソン、合唱=濱田紗耶加、宮永あやみ、藤田俊介、山岸玲音)

その後、カストラート(去勢により女声の音域を出せるようになった男声)がアイドルとしてあがめられた「歌手の時代」、ドイツの作曲家グルックによってオペラに「気品ある単純と静穏な威厳」を導入した「改革オペラの時代」を経て、浪費によって「国家」の力が弱まる同時に現実に沿った自分たちの芸術を求める市民の意識が高まり、市民が主人公のオペラが作られるようになった。
次に演奏するのは、その時代に劇と音楽を天才的に融和させたモーツァルトのオペラ、《フィガロの結婚》である。ロジーナという妻がありながら、フィガロの娘のスザンナに色目を使うアルマヴィーヴァ伯爵、ロジーナに色目を使う恋多き小姓ケルビーノ、その他大勢の恋模様を描いた傑作である。
モーツァルト作曲 《フィガロの結婚》より
「恋とはどんなものかしら」(ケルビーノ=キム・ヘヨン)
「裁判は勝った!」「わしがため息をついている間に」(アルマヴィーヴァ伯爵=谷口伸)

オーストリア出身の作曲家であるモーツァルトのオペラの多くがイタリア語で書かれたように、それまでの音楽の中心はイタリアであったが、フランス革命と王政復古を経た19世紀前半のフランスのパリに、再び富が集中するようになると、パリがオペラの一大中心地となった。「グランド・オペラ」と総称されるこの時代のオペラは、壮大な舞台装置、豪華な管弦楽と合唱、そしてバレエが一体となった総合芸術であった。ちなみにヴェルディもワーグナーも、「パリ」のためにオペラを作曲している。なお、この時代のオペラは、現代ではそれほど頻繁には公演が行われていない。
その一方で、まずはドイツで国民意識の高まりとともに、自国民のためのオペラが作られた。ウェーバーの《魔弾の射手》である。それを契機に、ドイツ、イタリア、ロシア、ハンガリー、チェコなどで自国民のための「国民オペラ」が盛んに作られるようになった。
1842年に初演されたヴェルディの《ナブッコ》はその一つである。紀元前6世紀のイェルサレムで、バビロニア国王ネブカドネサル(ナブッコ)がヘブライ人を捕囚するが、ヘブライ人の人質となっている娘フェネーナを助けたいがため、最終的にヘブライの神を讃えてヘブライ人を釈放、帰還させる。後に、この中で歌われる「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」はイタリア統一の象徴となって歌われ、今でもイタリアの第二国歌と位置付けられている。
ヴェルディ作曲 《ナブッコ》より
「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」(合唱)
「おお、ここで泣かれるのか?美しい乙女達に」(ルーベン・ゲルソン、合唱)

ヴェルディと同じ1813年(今年のちょうど200年前)に生まれたワーグナーは、ドイツにおいてヴェルディとはまた違った形でオペラを追求した。北欧神話などを題材に、自身が台本を書きおろして壮大な管弦楽を伴って演じられる人のさが、悲劇、ユーモアが混然となった「楽劇」である。特にその圧倒的で魅惑的な管弦楽法によって数多くの「ワグネリアン」と呼ばれる、中には病的なまでに熱狂的な信奉者も生み続けている。
ほとんどが悲劇であるワーグナーの作品の中でただ一作、首尾一貫して明るさに満ちた喜劇として異彩を放つのが《ニュルンベルクのマイスタージンガー》である。ドイツの徒弟制度の時代は、歌手としての資格も民衆の決議で与えられた。ニュルンベルクに立ち寄った放浪の吟遊詩人の新しいスタイルの歌は、最初は伝統的で形式的なものを尊ぶ民衆の拒否にあったが、最後には圧倒的な支持を受け、ドイツのマイスターの精神を全員でたたえるというものである。
ギネスブックにも最長のオペラとして紹介される、5時間に及ぶこのオペラの、最後の3分間の大合唱を演奏する。
ワーグナー作曲 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より
「ドイツのマイスターをたたえよ」(合唱)

参考文献:岡田暁生著「オペラの運命」(中公新書 2001年4月25日発行)
posted by tak at 22:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽的活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 株投資 at 2013年09月23日 11:32
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