2007年04月28日

レコード芸術5月号

ようやく読めたレコード芸術5月号。鳥取では毎月21日に発売で、今月は23日には手に入れていたのだが、連日忙しくてようやく今日読めたのだ。
この雑誌も年々読めるページが減っていっている。でも貴重な記事もあるのだから、許す。

というわけで今号の貴重な記事は2つ(たった?)。

1
今年から始まったリレー方式の「音楽論壇」。今号は我らが太田峰夫氏。大学オケの先輩である。
「音楽文化における『伝言ゲーム』」というテーマで、作曲家が書いた楽譜と、そこからは直接読み取れないが、口承などの伝達で後世にかろうじて伝わる演奏スタイルを読み解く。
「書いてないけどこう弾くべき」ということは、特にモーツァルト、ベートーヴェンの時代には多くあるはずで、ピリオド・スタイル・ムーヴメントとモダン・スタイルの対立みたいなくだらない論争はもうそろそろやめにして、演奏スタイルを真剣に考える時代が来たように思う。今取り組んでいるシューマンも、やはりレコ芸のインタビューで指揮者の準・メルクル氏が指摘したように、ロマンティックなスタイルに毒されている部分があるように思う。
そういう意味で、これからのクラシック音楽の演奏のあり方を示す見事な論考であった。こうでなくっちゃ。

2
レコ芸で常に熱心に読んでいるのが、海外の動向をリアルに伝える「海外楽信」の、特にウィーンの山崎睦氏とベルリンの城所孝吉氏。
今回は、城所氏のインゴ・メッツマッハーのベルリン・ドイツ交響楽団の就任先駆け公演を褒め称える文章の中での以下の一文。
「実のところDSOはナガノ時代に大幅に凋落し、ベルリンの4大交響楽団のなかでも問題児に成り下がっていた(以下略)」
私は大阪で数年前にケント・ナガノとベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートを見て、オケと指揮者がまるでかみ合わないベートーヴェンのヴァイオリンコンチェルトとツァラトゥストラを聴いて、「何だこれは?」と驚いたことがある。このときのベートーヴェンのソリストはヴィヴィアン・ハグナー。名演であり、実質的な指揮者であった。
これで、ナガノ氏はダメなのかなと思っていた。

その後、ナガノ氏の前のポストであるリヨン国立歌劇場のとある団員の方から当時のナガノ氏の活躍具合を聞き、いやいやナガノ氏は悪くないんじゃないのかなとも思い、混乱していたのだ。特にDSOとの演奏では早振りに見えたのに、リヨンでは完全にオンタイムで弾くようにいつも言われていたという矛盾が上手く解釈できなかった。

結局のところ、DSOが一方的にナガノ氏を認めようとしなかったのではなかろうか。それで自滅して、オケとしての技量を落としたと。
私が聴いたコンサートでもツァラは名演だったし、指揮者のトレーニング能力なくしてはあれだけの演奏は成し遂げられないはずだ。

指揮者とオケがかみ合わないというのは、上司と部下がかみ合わないのと現象は全く同じである。どの世界でも問題は相性なんだな。


posted by tak at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽的思索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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