2007年11月15日

マリインスキー予習

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まだチケットは入手していないんだが、明日は午後に休みを取って大阪のフェスティバルホールに、ゲルギエフ/マリインスキー劇場管のコンサートを聴きに行こうと思っている。
曲目は、チャイコフスキーの交響曲2番「小ロシア」、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番、ショスタコーヴィチの交響曲第15番。何とまあ重たいプログラムだこと。

チャイコとショスタコはもちろんよーく知っている曲なんだが、プロコのコンチェルトはそう何度も聴いたわけではない。一応予習しておこうかと思って、ついでに他の曲もあわせてうちにあるCDを探して聴いてみた。

チャイコフスキー/交響曲第2番 → イゴール・マルケヴィチ指揮/ロンドン交響楽団(1965年録音 Philips)
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番 → ディミトリ・ミトロプーロス指揮・ピアノ/ロビン・フッド・デル(フィラデルフィア)管弦楽団(1946年録音 SONY CLASSICAL(ギリシャ))
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番 → エフゲニ・ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルハーモニー交響楽団(1976年録音 MELODIYA)

どれもテンポの速い(速過ぎるくらい?)きびきびとした演奏なので、案外すんなりと聴き通せる。
どれも久しぶりに聴いた演奏なので、それぞれ発見があった。
マルケヴィチの指揮するロンドン響は、最近のシャープでクリアなロンドン響と違って案外もっさりとしたオケを指揮者が叱咤激励したような演奏。何も知らずに聴いたらロンドン響とは思えないくらい重みのある音である。
プロコフィエフは、ミトロプーロスが弾き振りを得意にしていた曲で、ここでもそうして演奏しているが、録音で聴いている限りはとても弾き振りには聴こえないような恐ろしいテンションと密度と求心力のある演奏だ。相当のリハーサルをしてコンマスなどにそれなりの権限を与えた上で、ミトロプーロスがとんでもなく上手いピアノを弾きながら、ピアノを弾いている意識とは独立して顔やら身振りやらでオケにいろんなインフォメーションを出しているのだろう。フィラデルフィア管(表記はこのオケの変名)は当時から上手いオケだったから指揮者がなくてもこれくらいはできただろうが、統率者の存在感がある音がしているので、ミトロプーロスが何らかの方法で「指揮」しているのは間違いない。
ムラヴィンスキーのショスタコーヴィチの15番は、そっけない演奏なんて評されることもあったし私もそれを鵜呑みにしていたが、「そっけない」のではない。無駄な「ゆらぎ」を排して楽譜の持っている音楽的な力を高純度で表現するために、指揮者もオケも最大限の努力を払っているのだ。もちろん無表情なのではなく、楽譜が要求する表情を必要なだけ表現している。

さて、明日のゲルギエフはどんなだろうか。


posted by tak at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴いた音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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