2007年01月28日

クレンペラーのブルックナーの8番

klemperer_bruckner8.JPG

クレンペラーが最晩年に録音したブルックナーの交響曲第8番は、最近では正当に評価されることがない。
曰く「第4楽章にとんでもないカットがある」と。
それは確かに間違いではない。第4楽章の提示部のあとにいきなり再現部が来る。しかも提示部の最後の音に再現部の前の部分の音がかぶさっている。これは編曲に近い行為と言えよう。

しかし、それと演奏自体とに何の関係があるだろうか。そう、この演奏はとんでもなく素晴らしいのだ。

クレンペラーのブルックナーの8番の演奏は、市販されたもので3種類ある。
有名なブルックナー・サイトから転載する。(http://abruckner.com/
Philharmonia Orchestra 2/2/64 Rare Moth CD 417/418 M........... 81:00 - 15:02 16:32 25:22 23:57
(doubtful - possibly a 1959 BBC S.O. studio recording)

Cologne RSO live 7/6/57 Arkadia CD 704.1 ................ 71:53 - 14:12 14:25 22:32 20:44
(no cuts) Frequenz CD 051-054
Hunt CD 704
Movimento Musica LP 02.023
WDR Promo LP T 72 424 (Scherzo only)

New Philharmonia Orch 10+11/72 EMI CD ZDMB 63835 ............... 84:12 - 17:56 19:53 26:57 19:26
*Cuts from 211 to 387, and from 582 to 647 in Finale
Klemperer's Statement http://www.abruckner.com/data/documents/klemperer_statement.jpg
HMV LP ASD 2943/4
HMV LP SLS 872
Angel LP SB 3799
EMI CD TOCE-3451-52

ちなみに私は3種類とも持っている。最初に聴いたのが64年のものといわれるもの、次にケルン放送響との57年ライブ。
このケルン放送響の演奏が素晴らしくて、「クレンペラーは50年代までに限る」とずっと思っていた。晩年はもう音楽をコントロールできていない、と。

しかしこの最晩年の8番に関しては、オーケストラの表現意欲とクレンペラーの統率意志が明確に聴き取れる。ジュリーニの演奏がいいと言うなら、この演奏もいいと言わなきゃいけないんじゃないかとまで思った。
テンポは非常に遅いがテンポ感はよく、もたれた感じはしない。演奏者が気を抜く瞬間は一切ない。それがコーダでさらに大きな音楽を作り上げる。もちろん縦の線がどうのとかバランスがどうとかいろいろあったとしても、クレンペラーはそういうチマチマしたことをしたかったわけじゃないはずだ。
実はそういう感覚は50年代の演奏のほうが明確で、57年のブルックナー、他の盤だが58年のドイツレクイエムなど、指揮者の表現意欲が旺盛なのだ。それが、最後の最後に、この8番とかとかマーラーの7番とかの演奏にも宿ったようだ。

カップリングの曲がさらに重要で、ワルキューレから「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」、ヒンデミットの「高貴な幻想」(訳が違うかも)
ヒンデミットはどうか忘れたが、魔の炎の音楽もブルックナーも廃盤中なのだ。実は最後まで手に入ったのがいずれも国内盤。8番は単独で、魔の炎の音楽はワルキューレ1幕との2枚組みで出ていた。
魔の炎の音楽は、まさにワーグナーを聴く喜びに満ちた音楽。クレンペラーのリングは、ワルキューレ第1幕とこれと管弦楽曲集1枚分しかないわけだが、ある意味リングを聴いた気になる演奏である。
ヒンデミットは、オケ創立間もなくの54年録音だけあって、まずはオケの個々のプレイヤーの実力が異常に高く、この曲をわずかな困難も感じさせずに演奏している。本当に上質な演奏だ。この時期のクレンペラーがあまり受けないのは、この上手すぎてがんばった気がしないことにもあるのかも。

EMIはGreat Recordings of the Century シリーズで継続的にクレンペラーの録音をリマスタリングして再発しているが、どうも最晩年のものだけは避けて通っているような気がする。確かに現代的な視点で見れば傷が多いともいえるこれらの録音は、やはり貴重なものであり、日の目を見させてほしいものだ。


Otto Klemperer

Anton Bruckner
Symphonie Nr.8 c-moll
New Philharmonia Orchestra
1972.10-11, Kingsway Hall, London

Richard Wagner
Walküre, Wotans Abshield
Norman Bailey, baritone
New Philharmonia Orchestra
1970.10, All Saint's Church, London

Paul Hindemith
Nobilissima Visione - Suite
Philharmonia Orchestra
1954.10, Kingsway Hall, London

2006年10月19日

クレンペラーの大地の歌

klemperer_erde.JPG

1楽章
そっけない?
いやむしろむせるようなロマン。しかもインテンポの中で。
ヴンダーリヒ、万全。

2楽章
寂しさとはこのことだ。オーボエの入れ込み具合。トリスタンの3幕のアングレを思いだす。
この演奏は中学生の頃から聴いているが、ルートヴィヒの良さがどうしても分からなかった。今は分かる。頭で作った音楽を心で表現する。

3楽章
転びそうな遅さ。この部分は66年録音なのか?
この遅いテンポでもヴンダーリヒは若々しく伸びやかで潤いのある音楽を作る。

4楽章
この楽章も遅い。遅すぎてルートヴィヒが転びそうになっている。でも音楽のつくりはさらに立派になっている。オケは非常に流れが良い。
オケがこういう音楽を作るために指揮者は何をどうすればいいんだろうか。何もせずとも、リズム感良くビートを刻むだけで充分なのかもしれない。しかしその良いリズム感を指揮者が得るための鍛錬が重要なのだ。

5楽章
押すところ引くところ、本当にオケが良く心得ている。最後の最後はオケは走りたいのに指揮者は走らせてくれない。

6楽章
悲劇的の4楽章を思わせる重さで始まる。ここでオーボエの独擅場。
音楽の流れとかアンサンブルとかだけでなく、湿り気とか、心の揺れとか、憧れとか、誇らしさとか、いろんなニュアンスが聴こえてくる。
クレンペラーは即物的だとか機械的だとか言われるが、ここでは一切そんな様子はない。ロマンに満ち、表情豊かな演奏だ。
ルートヴィヒもますます表情の影が濃くなる。
クラリネットソロはあざとい。が、それもまた面白い。

大地の歌を聴いたのは久しぶりではないが、こんなに集中して聴けたのは久しぶりだ。改めて素晴らしい演奏であることを確認できた。


Otto Klemperer
Christa Ludwig, Fritz Wunderlich
Philharmonia Orchestra, New Philharmonia Orchestra

Gustav Mahler
Das Lied von der Erde

EMI, 1964.2.19-22, 1964.11.7-8, 1966.7.6-9

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