2007年04月22日

ジョージ・セルのシューマン(united archives)

szell_schumann_ua1.JPG szell_schumann_ua2.JPG szell_schumann_ua3.JPG

ジョージ・セルがシューマンを敬愛し、たびたび録音・演奏していたことは有名である。
クラシック・ヲタクにとっては、1957年のクリーブランド管弦楽団とのスイス、ルガーノでの交響曲第2番のライブが、必需アイテムである。

さて、このたびunited archivesなるレーベルで出始めた一連の古い録音の復刻盤(http://www.hmv.co.jp/search/index.asp?genre=700&adv=1&label=UNITED)のなかで、もちろんどれもこれも聴いてみたいけど、ひときわ目を引いたのがこのセルのシューマンの旧録音だった。
特に1947年の、ジョージ・セルが音楽監督に就任してすぐの録音が気になったのだ。http://www.hmv.co.jp/product/detail/2527475

見事な演奏である。

ライナー・ノートによれば、1940年にセルがクリーブランド管弦楽団の演奏を聴いたとき、「規律」と「清さ」に感嘆し、1944年に客演したときに、一刻も早くその規律と秩序を取り戻さねば、と思ったそうだ。
果たして、1946年に音楽監督に就任し、翌47年の4番の録音ではすでに「完璧」といっていいような演奏を行っている。正確さ、清潔さとともに歌にも満ちている。
1952年の2番では、1楽章と4楽章で、浮き足立ったような落ち着かなさが聴かれるが、2楽章と3楽章は名演だ。

もちろん、この演奏(録音)だけあればもうほかにいらない、という類の演奏であるわけではない。
最も気になるのは、表現の「青さ」であろうか。指揮者の、ではなく、演奏者の。弦で言えば、弓が弦に上手く張り付いていないような印象があり、管楽器では、あまりにもまっすぐな音の姿が気になる。
セルのテンポが少し速めで、それがそういった印象をより強めている。

録音に関しては、モノラルであるが全く気にならない。と言っても、普通の人はステレオで聴きたいものだろう。

もちろんそうしたときのための解決策はある。そう、セルの新録音を買えばいいのだ。http://www.hmv.co.jp/product/detail/1852456
旧録音は、クリーブランドの歴史としての名盤であり、新盤はシューマンの理想的演奏の一つである。

ちなみにこのunited archives、ヨーロッパのレーベルのようだが、CDのつくりが凄い。レーベル面がLPレコードそっくりなのは他にも例があるが(ANDANTEとか)、信号面まで真っ黒なのだ。CDプレーヤーにとって必要な光の波長と人間の可視光の波長は違うから、別に銀色に反射しなくてもいいということだろう。目で見ることがすべてではない、ということを実体化した画期的なレーベルである、なんてことは考えすぎか。


Robert Schumann

Symphony No.2 in C major, op.61
1952.12.28

Symphony No.4 in D minor, op.120
1947.11.26

united archives
ラベル:シューマン セル
posted by tak at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ジョージ・セル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

セルのブルックナー/クリーブランドの8番(ライブ)

szell_bruckner8_co69.JPG

これぞセルのブルックナーの決定盤。しかし海賊っぽいレーベルでしか手に入らないのが残念。

正規盤の8番の演奏を、集中力100%増しで再現するとこうなる。
やっていること(解釈とかそういうこと)はどちらも変わらないのに、聴こえてくる音楽の輝かしさはずいぶん違う。輝かしさとともに楽器間の音楽の受け渡しのスムーズさも。7番のアダージョが「弔い」ならば、このアダージョは「生命力」だな。
古今のブルックナー演奏の中でも、これだけ生き生きとした表現と均整の取れたアンサンブルとが同居しているものはほとんどない。さらに神々しさまで感じさせる。というか、神々についての物語を語っているかのようなドラマに満ちた演奏である。
彼らが最後にたどり着いた、ブルックナー演奏の一つの頂点である。

ちなみに、録音は相当ひどい。モノラルで、変なマスタリングのせいでデジタルっぽいにじみがある。あ、でもマニアには全然苦になりませんよ。演奏の良さは十全に伝わるので。


George Szell
Cleveland Orchestra

Anton Bruckner
Symphonie Nr.8 c-moll
1969
SiRiO
posted by tak at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ジョージ・セル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月09日

セルのブルックナー/ウィーン・フィルの7番

szell_bruckner7_wph.JPG

リアリズムの極地。
表現はやわらかいかもしれないが、表情はニコリともしていない。ウィーン・フィルも金縛りにあったような演奏。詩情に満ちたベイヌムとコンセルトヘボウの演奏(1948年の旧盤)の逆の凄さがある。ちなみに「対偶」はハンス・ロスバウトと南西ドイツ放送響の詩情も柔らか味も一切ない演奏だろうか。
それでも2楽章のアダージョでは、なぜか泣かせる表情。誰かを弔っているかのような感情のこもり方である。
3,4楽章のオケの鳴りっぷりも立派だ。そしてまた柔和かつニコリともしない表情。

セルのウィーン・フィルとのライブでは、ベートーヴェンの5番も素晴らしかったが、この演奏も素晴らしい。モノラルで細かいところはよく分からないが、それでもその音楽の豊かさは十分に伝わる。
60年代のウィーン・フィルの演奏では、シューリヒトの3,8,9番(名演!)、ショルティの7,8番(聴いたことなし)、メータの9番(迷演)などがあるが、ブルックナーは十分に熟知していたのだろう。オケには何の問題もない。指揮者にとってももちろん。

セルといえばクリーブランドだし、彼らの演奏はどれも超一流である。しかし、少ないながらもウィーン・フィルとの演奏は名演ぞろいであるし、セルに興味のある人なら避けて通ることのできない演奏だ。


George Szell
Cleveland Orchestra

Anton Bruckner
Symphonie Nr.7 E-Dur
1968.8.21, Großes Festspielhaus, Salzburg

SONY CLASSICAL
posted by tak at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ジョージ・セル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

セルのブルックナー/クリーブランドの3番と8番

szell_bruckner3_8_co.JPG

定番である。セルのブルックナーは、最近では各種ライブが手に入るようになったが、スタジオ録音はこの2曲だけだ。
3番は輸入盤ではMASTER WORKSシリーズでずっと出ていたし、8番は国内盤でいつでも見かけた。
写真の形での発売は、ケースの表記から判断するに、1994年であろうか。

これらの演奏を初めて聴いたのは中学生のときである。8番は兄が買った。3番は貸しレコード店(そういうのがあったのだ)で借りて、カセットテープに録音して聴いていた。
写真のディスクを買ったのは最近だが、印象にぶれはないものの、今は違う聴き方をするようになっている。

3番の演奏は、ちょっと小ぢんまりと聴こえる。2管編成であることもあろうが、それよりも指揮者の求心力が強くて、アンサンブルのまとまりが良いことがそう聴こえさせていると感じる。
いつものクリーブランドらしく、ヨーロッパ的な柔らか味を湛え、ゆとりを感じる演奏だ。セルがアンサンブルと同時にそういった音楽の豊かさを常に追求したことがよく分かる。8番以上に評価されていい演奏だと思う。

その8番に関しては、3管編成にホルン8本という雄大なオケが、まさに雄大に鳴っているのはわかるが、指揮者の求心力が弱く感じられる。
骨格の構築は確かだし、表情の統一も綿密だし、ブルックナーがブルックナーらしく演奏されているし、いい演奏であることは疑いがないが、彼らがこれ以上の演奏ができることは、同時期のライブ盤が示している。
最近は個人的に、放送音源とかのライブの演奏をあまり珍重しないようになって、スタジオ録音に面白みを見出すようになっているのだが、それでもライブの方がいい場合もある。そのライブ盤についてはまたいずれ。

思えばCBSはこの頃までにブルックナーの主要曲をかなり録音している。ブルーノ・ワルターとの4,7,9番、ユージン・オーマンディとの4,5番(7番はRCA)、バーンスタインとの9番。
そうしてみると、セルがレパートリーにしていた3番と8番を良い形で残せたのは、時代のもたらした幸運だったかもしれない。

なお、楽譜はいずれもノーヴァク版で、3番は第3稿、8番は第2稿、つまりいちばん普通に演奏されるヴァージョン。


George Szell
Cleveland Orchestra

Anton Bruckner

Symphonie Nr.3 d-moll
1966.1.28-29, Severance Hall

Symphonie Nr.8 c-moll
1969.10.3, 6, 10 & 13, Severance Hall

SONY CLASSICAL
posted by tak at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ジョージ・セル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

セルのブルックナー/1951年コンセルトヘボウの8番

szell_bruckner8_coa51.JPG

クリーブランド・オーケストラの黄金時代を築いたジョージ・セルは、ブルックナーの交響曲をわずかながらレパートリーにしていて、3番と8番は複数の録音が出ているし、7番はウィーン・フィルとの録音がある。
中でも、クリーブランドとスタジオ録音した8番は、一般に高く評価され、途切れることなくカタログに載ってきている。

私もこの8番は3番とのカップリングのもので持っているのだが、私にはこの2つであれば3番の方がいい演奏に聴こえるのだ。
そうしたところ、コンセルトヘボウとの録音やらクリーブランドとのライブやら、いろいろ出てきた。そういうのを買って聴いていると、セルの指揮振りも、時代、おけ、シチュエーションによってずいぶん違うことがわかる。

というわけで、セルのブルックナーを聴き比べしてみたい。

まずは、私の持っている最も古い録音である、コンセルトヘボウとの8番。
オランダ・フェスティバルの機会に客演したときのものとのことだ。
解説によれば、すでに出版されていたハース版を使わず、1930年代にベイヌムが使ってオケも慣れている1892年出版の改訂版を使っているとのこと。このころ改訂版を使っていたのはセルとクナッパーツブッシュくらいだ、なんてことも書いてある。
改訂版によるクナッパーツブッシュやシューリヒトの演奏も聴いていて気が付かなかったが、この演奏では、カットした部分でつなぎみたいな不思議な音楽が1小節ずつくらい演奏されていて、それはまあ良いんだが、そんなつなぎのところで必ずオケの演奏がメロメロになってしまっている。なんなんだこれは。

まあそんなことは金子建志氏に任せて、演奏を聴く。
やはりコンセルトヘボウは上手いオケだ。このころはベイヌムの時代であり、1948年録音のオケコンやハルサイなど、ゲンダイオンガクでも技術的な不安を全く感じさせない音楽を作っていた時代だ。ヴァイオリンはポルタメントをかけまくっている。
しかし、どうにもこの演奏は締まりがないように感じる。セルのブルックナー解釈は安定しているし、それはまた古臭くもない、現代に通じるものだ。それでもなんとももっさりした音楽で、自分のオーケストラでの演奏とはちょっと違う。オケをコントロールし切れていない。おそらく音楽祭への客演ということで、満足にリハーサルの時間も取れなかったのではなかろうか。
もちろんコンセルトヘボウの音は美しいし、セルもそれを十分に引き出している。それでも、コンセルトヘボウを聴くならベイヌムを、セルを聴くならクリーブランドを買うべきだ。この演奏は私みたいなヲタクが聴いて喜んでいればよい。ちなみに、録音は悪いんだが、ヲタクにとってはなんら苦にならない、といったところ。
このオーディオファイル・クラシクスのCDは4〜5枚持っているが、こんな演奏ならわざわざ出さなくてもいいのにな、というものが多くて困ってしまう。


Georges Szell
Concertgebouworkest

Anton Bruckner
Symphonie Nr.8 c-moll

1951.6.28

AUDIOPHILE CLASSICS
posted by tak at 00:30| Comment(2) | TrackBack(0) | ジョージ・セル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。