2013年01月13日

群発頭痛日誌2013

もうこの日誌を書かなくてもいいと淡い希望を抱いていたのだが。
あくまでも個人的な記録なので、痛いのが苦手な方は読まないように。

まず、群発頭痛とは、1年から1年半の周期で、1ヶ月程度、毎日1時間程度の非常に強い頭痛が群発的に起こる症状の物である。
若い男性に多いと言われ、女性には非常に少ないとのこと(片頭痛とは区別されている)。
頭痛薬は偏頭痛と共通の物で、「トリプタン系」の頭痛薬が処方される。非常に高価。なお、最近は予防的に服薬する安価な薬も処方されるようになった。
人類が生きているうちに味わう痛さのワースト3の一つと言われている(他は尿管結石と心筋梗塞とか)。
肩こりとともに発症する。
アルコールを飲むと症状が悪化する。
ちなみに「大丈夫か?」と心配いただくが、死に至る病ではないので大丈夫と言えば大丈夫だし、医者に連れて行かれても直るわけではないので、放っておいていただくのが一番良い。

私の場合、発症は20歳か21歳のころ。
それから、確実に1年か1年半の周期で、おおむね11月か2月に発症していた。
以前はナロンエースのような市販の薬を飲んでいたが、気休めにもならないので、ちゃんと医者に行って薬を処方してもらうようにした。
最初はゾーミッグ、次にイミグラン、そして最強のレルパックス。これは強すぎて脳の血管が締め付けられるのがわかるくらいだったので、コワかった。前回の処方ではアマージ。
それとともに前回の処方から予防的に飲む薬も処方してもらえるようになり、ジヒデルゴット、トリプタノール、そして前回は一番効果のあったミグシス。

前回の群発期は平成23年の4月。群発期が過ぎた後、ふと思い立って毎日牛乳(トリプトファンを多く含む)を飲むようにしていた。きつい肩こりが来た時も、牛乳を飲めば安らいだ。
平成24年11月24日の夜明け前、群発頭痛の軽めの発作(私が私の中で区分けしている頭痛強度の、10段階の7)と同じタイプのが来たが、この時も牛乳を飲んだらしのげた。
この日の夜にアルコールを飲んでもなんともなかったし、それ以降しばらく頭痛は起こらなかった。最大の周期である1年半を過ぎ、これで群発頭痛ともおさらば、同時に若さともおさらばと思っていたのだが…。

今年に入って、1月9日の未明、久々に群発頭痛らしい頭痛に見舞われた。10段階の8くらい。8日の夜は日本酒をしっかり飲んでいたので、これが引き金だったのかもしれないし、1月ほど前からまた久々に毎日コーヒーを飲むようになったので、それも何か関係があるのかもしれない。
1年半前に処方されていたアマージを飲んで、とりあえず頭痛は治まって寝た。

1月11日、職場に出て9時ごろから頭痛。アマージを飲んでひとまず収まったが、10時には再発。休憩室で1時間半休む。頭痛強度10段階の9。

1月12日、自宅で8時半ごろ頭痛。頭痛強度10段階の8。アマージを飲んで治まる。再び10時ごろに頭痛。これは正真正銘10段階の10。悶絶。なんとか1時間半で収まる。弦楽講座のために出かけ、昼食のすし屋で軽い頭痛が10分程度。10段階の6。講座の会場の控室でさらに頭痛が30分程度。10段階の7程度。
これまでの経験で言えば、これくらい1日に何度も来る最悪の日は1ヶ月のうち1日か2日程度だったと思うので、少しだけ気は楽なのだが。
ちなみに、頭痛強度で10段階の10の痛みの場合、「死ぬほど痛い」を通り越して「死ぬより痛い(?)」くらいの痛みで、何度もうめき声をあげてしまう。

これから1ヶ月程度、頭痛と付き合うことになると思う。しばらくお酒はおあずけ。
ラベル:頭痛
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2012年12月29日

ジュリア嬢の靴を替え、ショートドライブ

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タイヤが丸坊主で、うち1本はカーカスが出そうな勢いだったので、これはヤバいと、早速いつものSタイヤさんに相談するためにお邪魔した。
明るい中で落ち着いてよく見ると、タイヤの摩耗はひどいしひび割れもある。ちなみにピレリ。ホイルは4輪ともひどいガリ傷つき。夜に出会った時には輝くばかりの容姿が、日の光のもとではやつれを感じされる…。ジュリア嬢にとってはどんな17,000kmだったんでしょうか(笑)。
ノーマルタイヤは春まで使わないのだし、ホイールの補修も含めて、ゆったりと春に間に合うようにお願いすることにした(県外に送るのだそうだ)。

タイヤは、Sタイヤさんはブリヂストンのお店なんだが、車屋さんで勧められたミシュランを着けてみたいと言うと、問題なく取り寄せられるとのこと。サイズが235/40の19インチという特殊なものなので、MICHELIN Pilot Super Sportという銘柄しか選べない。
http://tireselector.michelin.co.jp/tireselector/g/g036930_srd/
ミシュランでもトップクラスのスポーツ系タイヤで、スピードレンジの(Y)はなんと300km/hです。どこで出すんだそんなスピード。

ホイールとタイヤのことをお願いしておいとまする。時間があったので殿ダムまでショートドライブ。
ふんわりした乗り心地のスタッドレスタイヤであることを考慮に入れても、乗り心地は良いし、走りはなめらか。
ただ、2速と3速にシフトアップするときのシフトショックの均し方は最後まで分からなかった。30kmほど走った中での車載コンピュータ算出による燃費はリッター8km。3200ccのジュリア姐だと、これくらいのドライブでリッター5kmという感じだったから、格段に良い。世の中の低燃費競争からは完全に置いていかれてますけどね。

不思議なことに、代車にはいつまでもなじめないのに、昨日来たばかりの「自分の車」にはすぐになじんでしまった。
156と159の経験しかないながら、アルファロメオの最大の美点は、微舵から制御が利く信頼の置けるステアリングである。
前オーナーに、タイヤつるつるにされてガリ傷つけまくるくらい手荒に扱われた割には、足回りは非常にすっきりと動いていて、非常に心地好いドライブであった。
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2012年12月28日

顛末、ジュリア姐とジュリア嬢

新しい相方のジュリア嬢が、本日嫁入りした。
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まず、ジュリアとは、今からちょうど50年前に発売された、アルファロメオの小型セダンの名前である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AD%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A2
その後、クーペボディのモデルの名前にもなった。
ジュリアの名前の由来はジュリエッタ、ジュリエッタの名前の由来は、アルファロメオの社名と「ロメオとジュリエット」との掛け言葉から生まれたといわれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AD%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BF
すなわち、アルファロメオ社に来たとある女性が「ここにはロメオはいっぱいいるのにジュリエッタはいないのね」と言ったのがきっかけとか。ジュリエッタは1300ccのエンジンのモデルで、その格上の1600ccのモデルに、ジュリエッタのお姉さんという意味で、ジュリアという名前を付けた。

そして、147の後継車として最近車名としたジュリエッタに続き、159の後継車がジュリアの名で発売されると計画されている。
http://jp.autoblog.com/2012/12/21/alfa-romeo-la-gamma-futura/

自分の車に名前を付ける習慣があったりするが、私が前の車だったアルファ159 3.2 JTS Q4 Q-トロニックTIに名前を付けるなら、ジュリアしかないと思っていた。このジュリア、排気量が3200ccと豪華なこともあって、常に運転手である自分より格が上というか分不相応と感じていた。いわば、年上のジュリア姐である。
今回手に入れた、アルファ159スポーツワゴン2.2JTSセレスピードTIは、2200ccという気安さもあり、ジュリア嬢という名前にしようと考えたわけである。まあくだらないというなかれ。

さて、事故後から今日までの顛末。

事故の体への影響は驚くほど少なかったのだが、少し腰が痛んだため、整形外科には何度か通った。その後は特に問題ない。

車両保険の支払いについてはいろいろあった。
車両保険の給付額は、購入時点の購入額の9割程度を満額として契約するものらしい。ところが、事故で先方の保険会社がこちらの車を査定する際は、その時点での中古車としての査定をするのだそうだ。このたびはそれが、元の額の7割以下。到底同一クラスの車を買える額ではない。
こちらの保険会社の勧めもあり、自分の保険を使って9割の給付を受け、先方の保険の給付をこちらの会社に振り込むことにした。当然自分の保険を使えば自分の今後の保険料率に影響があるが、その額をかんがみても十分有利だった。
また、「全損扱い」にすることで見舞金が出たので、新たな車の購入にあたっては、諸経費も含めてほんのわずかな追い金で対応することができた。

というわけで、今回鳥取まで嫁入りしてもらったのは、先ほども書いたアルファ159スポーツワゴン2.2JTSセレスピードTI。
159のTIグレードにしたのは、これまでのスタッドレスタイヤとホイールのセットがそのまま使えるようにしたかったため(めちゃめちゃ高かったのだ)、2.2にしたのは燃費のためという切実な理由であるが、ワゴンボディにしたのは気分を変えたかったためという程度のことである。

前から見るとそっくりのジュリア姐とジュリア嬢であるが、これだけの違いがある。

(1)3200cc、トルコン式オートマ、四駆のジュリア姐 対 2200cc、セレスピード(機械仕掛けのマニュアルシフト)、FFのジュリア嬢
この3つはセットで「どちらか」になる。セレスピードは、今日30分ほど運転した限りでは「マニュアルに慣れてない人の運転」みたいな感じでぎこちないが、燃費計を見る限りでは燃費は期待できそう。
3.2の方のオートマは、トルコン式ではあってもすぐさまロックアップするので、ほぼ直結感があって心地好かったのだが。Q4と呼ばれる素晴らしく快適な駆動力配分システムを持ったジュリア姐は、最後まで限界がわからず乗りこなせたという気がしなかったのが悔やまれてならない。そういう点も「自分が格下」感を持たされたところである。

(2)セダンのジュリア姐 対 ワゴンのジュリア嬢
セダンも綺麗だと思っていたが、ワゴンはまとまり感があってさらに美しい。スタッドレスタイヤに付け替えて納品してもらったので、ついていたノーマルタイヤを載せて帰ったのだが、荷室はとても使いやすい。
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(3)ナビなしのジュリア姐 対 ナビ付のジュリア嬢
ジュリア姐も中古だったが、ディーラー試乗車っぽいで、ナビはダッシュボートにステイで止められていたっぽい跡があった。ジュリア嬢は普通に前使用者が日常的に使っていた車と思われる(17,000kmを走り、ノーマルタイヤはすでに坊主)。車のヤレとかの使用感は全くないが、ナビのハードディスクには音楽データがいっぱい入っていて、まったく趣味違いなのですべて消去してしまった。
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(4)09MYのジュリア姐 対 11MY(たぶん。実は10MYかも)のジュリア嬢
MYとはモデルイヤーのことで、ヨーロッパの車などは年次改良がどんどん加わっていくので、同じモデルでも製造年度によって使用パーツに違いがあるようだ。この区分が、だいたい9月に始まって8月に終わる「1年」を単位にモデルイヤーとして区分する。ジュリア姐は、初度登録が2008年11月だが、ボディに使用される鋼板が軽く強いものに変わり、車重が軽くなってカラーバリエーションに白が加わった09MYのモデルである。
ジュリア嬢の方は初度登録が2010年10月と微妙なのであるが(在庫が遅れて登録されたのであればモデルイヤーと関係なく遅い登録時期になってしまう)、これは感覚的なものでしかないのだが、ボディ全体のパーツ精度と組み立て精度が上がっているような精緻さとかたまり感がとても強く感じられたので、進化の進んだ最終年度ものではなかろうかと想像している。
ところで、09MY以降というかそれ以前から、発売当初にはあったクルーズコントロールは装備から省略されているはずだが、なぜかジュリア嬢にはついていた。たぶん使わないと思いますが。
http://www.gooworld.jp/catalog/ALFA_ROMEO/ALFA_159/10051441/index.html

春になってノーマルタイヤで走らないことには本当のことはわからないのだが、すでにジュリア嬢にゾッコン(死語)である。
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2012年11月17日

事故に遭うということ

壊れた車の写真とか出てくるので、そういうのが嫌いな方はご覧にならない方がよろしいかと思われます。
事故の相互の当事者は、体はほぼ無傷で、物損事故としての扱いになっていますので、とりあえずご心配なく。
こころの整理のため、また、いろいろ説明しなくていいように、あえていろいろまとめておきます。

事故に遭った。
倉吉未来中心でとりアートのオープニングイベントに出席した後、てけてけでカレーを食べて、これから梨花ホールの鳥大フィルのゲネプロに参加しようとご機嫌ですずらん通りを運転していたら、マロニエ通りとの交差点で赤信号にノーブレーキで突っ込んできた車に即突されてしまった。

お互いノーブレーキで40〜50kmで直角にぶつかったことになるが、運転者はどちらも無傷、先方の同乗者が口の中を切ったくらいで、私の後部座席に積んでいたチェロも無傷。最近の車の衝突安全性の高さにはほとほと感心する。ただし、横からあてられたせいで腰に少し負担がかかったようで、腰に違和感がある。

エアバックの火薬のにおいが鼻につく。運転席が開かなくなっていたので、開きまくったサイドエアバックをかいくぐり、どうにかこうにか助手席側から出ると、赤信号待ちで目撃していた方がすでに警察を呼んでくれていた。その方は警察が来るまで待っていただけて、証言もしていただいた。

私の方はすぐに保険会社の代理店のMさんに連絡。レッカー車の手配を早めにした方がいいとのことで、東京海上に電話して手配した。先方もいろいろ連絡されていて、すぐに関係者が駆け付けていた。先方はおそらくこういうのは初めてのようで、憔悴されていた。私は2度目(後述)なので、あわてても相手をなじってもしょうがないし、必要なことをてきぱきと済ませる。警察にいろいろ聞かれて、目撃者の証言もあって、先方の保険会社の方もおられて、おそらく10対0で先方の保険の支払いになるだろうということで、とりあえずその場は納まった。

東京海上が手配したレッカー車で山本自動車に159を運んでもらう。東京海上の説明では交通の保障もあるということなので聞いてみると、公共交通は全額、タクシーは1万円までとのこと。先方の関係者が送ってくれるということだが、汽車で帰ろうかと倉吉駅まで送っていただくと、途中で保険会社代理店Mさんがちょうど倉吉に来たとのことで、倉吉駅で待ち合わせて山本自動車まで送っていただく。

山本自動車で改めて159に対面すると、前の方は何ともなくて、後ろはボロボロ。直るのなら乗る気満々だったけど、整備の方に「全損扱いになるかも」と言われると、ああもうこの車と会えない可能性もあるのかと、急にさびしくなって写真を撮る。前回(後述)は写真を撮るいとまがなく、後悔していたし。

用意していただいた代車(ちなみに東京海上はレンタカー代も出してくれるので、代車がなくてもOKなんだけど)をお借りし、2時間ほど遅れて梨花ホールに到着、ゲネプロに合流。チェロは普通に弾ける。

その後も、先方及びこちらの保険会社からそれぞれいろいろ電話がかかり、濃密に対応していただいた。たいしたもんだ。ちなみに先方は三井海上。

実は、今の159に乗り換えたきっかけは、前の156で事故を起こしたこと。前回の事故は2009年の12月だったか。前日にくたびれる作業をして、その日は少しぼうっとして、よく確認せず交差点を右折したら直進車がぶつかったというもの。その時もほとんど衝撃はなく、お互い無傷なので物損事故扱い。こちらの非が強く8対2。156は直るには直るけど、8万5千キロ走ってたし、自動車屋さんに「乗り換えませんか」と勧められたため。156はきれいに直って下取り27万円でどこかに旅立っていった。

今回悲しいのは、もしかしたら今の159は4万キロ弱で生涯を終えてしまうかもしれないということ。
まあでもしょうがないので、また自動車屋さんに相談しつつ直すか買うか対応を考えるしかない。てきぱきと。

この後は壊れた写真が続きます。

前側はきれいなもの。
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ちょっと運転席側を見ると…。
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ここまでベッコリいっているのに、運転者も後部座席のチェロも無傷。チェロなんて糸巻が外れたりもしてなかった。チェロケースに着けてたアクセサリーのトリピーは外れてたけど。
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左に吹っ飛んで縁石にぶつかって、左後輪車軸が曲がり、ホイールも傷だらけ。
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ステアリングのエアバックは開かなかったけど、サイドエアバックは開きまくり。
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無傷と思いきや、あとで気が付いたら、エアバックの火薬のせいで背広に穴が開いていた。これが一番ショック。新しいスーツだったのに。
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教訓:事故に遭うということは、比較的よくあることである。おろおろしてもしょうがないので事故対応はてきぱきと。事故は起こるし物損ならくやんでもしょうがない。目撃証言は協力しよう。
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2012年09月30日

怒涛の3日4練習1本番

9月28日(金)
17:45〜18:50
鳥取大学芸術文化センターアートプラザにて、鳥取大学フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会(11/18本番)の三原先生合奏で、チャイコフスキーの4番。弾けぬ。

9月29日(土)
9:00〜11:50
同上、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と某アンコールとチャイ4。やはり弾けぬ。隣の某Uさんはとてもよく弾けてるので、表と裏を代わっていただきたいものである。
12:15〜13:00
空港に東京からいらした高野先生をお迎えし、賀露幸にて海鮮丼。鉢が小さくなってボリュームが減った気がする。
13:30〜16:40
鳥取県オーケストラ連盟演奏会(10/14本番)のための高野先生合奏。リストの前奏曲とチャイコフスキーの悲愴の1,2楽章と某アンコール。1年練習してるから、それなりに弾けるので、幸せな時間。でもチャイ4の後にチャイ6はプチ苦痛。
17:30〜20:00
翌日の本番のための、上記演奏会でソロを吹く人見剛さんをお迎えしてブラームスのクラリネット五重奏曲。人見さんの、超幸せなクラリネットと、ザクザク切られる快感的な指導にメロメロ(?)。畏怖の念を禁じ得ない。
20:30〜
「こな」にて歓迎会的な飲み会的な何か。

9月30日(日)
9:00〜12:00
鳥取県オーケストラ連盟演奏会の高野先生合奏に、人見剛さんをお迎えしてモーツァルトのクラリネット協奏曲。超超幸せな時間。人見さんの「しっかり音を出してくださいね。絶対負けませんから」という力強いお言葉に感嘆。その後悲愴の3,4楽章。弓が足りん。筋肉も足りん。
12:10〜12:30
女(ひと)と男(ひと)のハーモニーフェスタを開催しているとりぎん文化会館のフリースペースの一角をお借りして、オケ連演奏会の宣伝を兼ねた、人見剛さんとカプリス弦楽四重奏団によるブラームスのクラリネット五重奏曲第3,4楽章本番。4楽章の8分の3拍子のところで完全に落ちた(汗)。自分のふがいなさを除けば幸せな時間であった。
caprice_and_hitomi.jpg
14:30〜17:45
福祉健康センターなわ(だったっけ)にて、鳥取オペラ協会の「こうもり」練習。すでにくたびれ果ててぼろぼろの状態で、こうもりの優美な世界にまったくついていけず。来週本番なのに…。明日から本気出す。

あんまり頭を使うと、目は覚めているのに0.5秒くらい意識が飛ぶことがある、というのがこの3日間の教訓である。対策は、頭使わなくていいように、ちゃんと練習しておくこと(笑)。

2012年09月18日

旧道を行く

9月17日は、米子第九の練習で米子に行ってきた。
練習は15時過ぎにすんだので、帰りはゆったりと国道9号の旧道を行ってみることにした。

出発は米子駅前で、ANAホテルのあたりで9号線に。皆生方面に行ってホテルわこうの交差点を右折。あとはひたすら下の道。
久しぶりに東伯の町中を通り、北条バイパスを通らずに北栄町役場とかがある方の県道に入る。
羽合・泊のあたりの道も久しぶり。
残念ながら浜村の旧道は入ると出にくいのでパス(というかどれが旧国道かよくわからん)。
最後は湖山街道を通って、はたと困ったのが、今の国道29号がなかった頃って、どうやって鳥取駅に出ていたのだろうかということ。
今回はフォルクスのところから右折千代川の土手を通って、八千代橋を渡って鳥取駅まで。
驚いたことにこのルートを2時間20分で踏破できた。行きは相当にすいた山陰道をすべて使って1時間30分なので、50分も違うと言えば違うが、車の流れの違いを補正するとプラス30〜40分程度の感覚。
山陰道を使うとついついせかせか走ってしまうので、旧道を通るのは精神衛生上もよさそうだ。昭和を思い起こさせる旧国道の沿道風景に思いのほか和んでしまった。

次はさらに古い旧道(明治の旧国道?)をチャレンジしたいものだ。
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2012年08月15日

2012年第59回市民納涼花火大会 at 我が家の屋上

RICOH CX2を三脚に据えて、ISOはAUTO(結果的にシャッタースピード1秒)、2秒のセルフタイマーで撮ってるので、タイミングが微妙です。
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2012年07月21日

新オーディオアイテム導入!

久々に新たなオーディオアイテムを導入した。

そのアイテムとはこれ!なんだかレトロな絵ですな。
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開くと何やら大きな四角いもの。
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これを外すと「MAT」。なんだこりゃ。
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それを外すと何やら木の固まり。
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裏には重たげな丸い物体。
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横にはこまごまとした物体。
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そう、LPプレーヤー!
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DENONのDP-500Mというので、ダイレクトドライブなので、モーターむき出し!
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ターンテーブルをセットして、
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ゴムマット(「MAT」の中身ね)、カートリッジをセットするとそれらしくなりました。
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定位置にセッティング。
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カートリッジは、プレーヤーに付属はしているんですが、おもちゃみたいなものとのことなので、購入先のサウンドシティのOさんに勧められるがままにGRADOというメーカーの物を格安で導入しました。
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さっそくイエローレーベルを回しまくる!
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最初に聴いたのはこんなの。いずれもCD化はされているけど、CDを買わなかったもの。どれも本当に久しぶりに聴きました。
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最初は右スピーカーからしか音が聴こえなくて焦ったけど、再度針圧調整したら問題なし。聴いていくうちにエージングが進んで、どんどん音が前に出てきて、LPにこんなすごい音が入っていたのかと驚くばかり。

手持ちのLPは決して多くないけど、CBS時代のブーレーズのドビュッシーとか、スヴェトラーノフのチャイコフスキー4〜6(60年代の)か、聴きなおすのが楽しみです。
実はわたくし、携帯オーディオプレーヤー的なものは一切持ってなくて、なのにこんな時代に逆行したアイテムを導入してしまって、どうしたもんかと思っていますが、ま、それが「さが」ですから仕方ないですな。
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2012年05月19日

フィッシャー=ディースカウの思い出

はっきり言ってしょうもない話なので、読んでがっかりしないように。
先ごろ亡くなったディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの歌唱について私ごときがどうのこうの言う立場には全くない。それとは別に、偶然の邂逅、というよりはすれ違いのようなものがあったことが、いまでも私の心に、のどに刺さった小骨のように残っているので、今ここで消化しておきたい。

2000年のベルリンで(3月と11月の2度行ったがどちらかは忘れた)、CDとか本とかを売っている大きなお店をうろうろしていたら、本屋のへんにあのフィッシャー=ディースカウ御大が一人立っておられた。確かそのころにはもう引退していたはずで、何事かと思ったら、どうも自伝を出版したばかりで、サイン会的なことをしていたらしい。御大の本が平積みになっていた。ところが、サインに並ぶような客は一人もおらず、御大は一人たたずむばかり。う〜む。というような状況を一瞬で察しつつ、御大と目が合ってしまったではないか!そうは言っても、私がドイツ語の彼の本を買ってサインを書いてもらっても読めもせぬ。しかも彼のすさまじい録音歴は知っていても「大ファンです!!!」というほどのものでもない。これは申し訳ないがスルーするしかないなと、いったんはその場を立ち去る。

そうか、CD買ってサインしてもらえばいいんだ、とCD売り場に行って探すが、店頭にあったのはすでに持っているカルミナ・ブラーナと旅先ではかさばるマイスタージンガー全曲ぐらいだったか。オトマール・シェックのノットゥルノ(EMI)があったら2枚目でも迷わず買ったのに、聴いたことのないマイスタージンガーとかカルミナだともう一つ踏み切れん、と悶々と悩んだ挙句、「御大、ごめんなさい」と何もせずその店から立ち去ってしまったのだった。

今考えれば、読めもせぬドイツ語の本にサインをしてもらうのが最良の行動だったのだ。ヲタク的に。フィッシャー=ディースカウについて見聞きするたびにいつも、この「小骨」的事件がよみがえるのである。
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2012年04月10日

引っ越した

姪っ子が中学生になるのを機に、いつまでも実家のベストルームを独占せず明け渡すべく、年明けごろから一人暮らしを画策した。
独り者用の物件を捜索すること1ヶ月、妙に安くて部屋数の多い不思議な物件を発見。その時点で親に独立のことを打ち明け、あっさりと了承を得た。

物件を見学し、さらに不思議さは募る(床面積は広いのに、洗濯機を置く場所はなく、洗面台もないし、エアコンもない)けど、安さと部屋数でこれに勝る物件はまず出てこないはず。家族全員に相談し(小3の甥っ子にも。「おじさんの部屋使っていいんだね!」と喜ばれた)、話を進めた。

早くも3月16日からの賃貸契約を結んだんだけど、異様に忙しい年度末で、引っ越し作業は遅々として進まず。おまけに人事異動まで重なり、しかも3月30日に重要な仕事上の行事が午前午後と立て続けに2本。めまぐるしい日々であった。
仕事帰り、軽トラに荷物を積んで運ぶこと計10回、恐ろしいほどの量の物どもを新居に収め終えて住めるようになったのが8日の日曜の夜から。

特にこの8日は、オケの練習後の午後2時から、2部屋に新規購入のエアコンを2台設置、1部屋に某先生からいただいたエアコンを同じ業者さんに頼んで設置するのに合計5時間を要するという、一番のハイライトであった。

着なくなった衣類を中心に実家に残った荷物を片づけるのに月火の2日を要し、ようやく本日、旧居の方も片付いた。
空っぽになった自分の部屋を見たらぐっと来て、親に見送られて実家を出るときにまたぐっと来たが、新居に来たら平気なもの。

これから何日かがかりで新居の方の山のようなCD、本、撮りためたビデオ、MD、カセットテープの処分方針を決めていかなければならない。とはいえ、要らないCDなんてないんだよなあ。
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